「せんぱい」
ふふ、と少女は唇に甘やかな言葉を乗せて楽しんだ。
「レムレスセンパイ、好きです。好き、好き。」
黒を基調とした服に、長い黒い髪。臙脂のリボンが流れるような黒に暗く映えた。
好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き。
「・・・好き。」
粘性を持った黒い液体が、甘ったるい匂いを立ち上らせながらぼたぼた手元から零れ落ちていった。
どうすれば一緒にいられるだろう、
どうすればアタシを見てもらえるだろう、
ただただ少女はそれだけを考えていた。

「ハッピーバレンタイン!」
プリンプの街中でやけに騒がしい人と出会ってしまったと思ったらそれが知り合いだった、となればもう辟易するしかない。
「アミティ、リデル・・・会いたくない人に会ってしまったわ。会いたい人には会えていないのに。神様ってイジワルね。」
「面と向かって会いたくないって、ひどいなー。それにラフィーナも一緒だよ?」
微塵も酷いと思っていないであろう間延びした口調のままきゃらきゃら笑う。
赤、黄、橙。籠の中にぎっしりと詰められている色とりどりの包装紙が目に痛かった。
「そんなに大量に、誰にあげるつもりなのかしら?」
「えっとー、シグにクルークにタルタルにおしゃれコウベさんに、そうそう先生にもあげなきゃね!」
ケロティってチョコ食べれたっけーとにこにこ笑うのに顔を顰めてつまらなそうに溜息を吐いた。
「フェーリは誰にあげるの?やっぱりレムレス?」
それにうってかわってふふん、と得意気に鼻を鳴らす。
「当たり前じゃない、アタシが他の人にあげるとでも思ってるの?アナタ達こそよくそんなに誰にも彼にもあげるものね。」
「そりゃあお祭りみたいなものだもん。あっ、シーグー!バレンタインのチョコレートあげるねー!」
きゃっきゃとはしゃぐアミティを子供ね、と冷めた目で見ていた。
なんだか街全部が浮き足立っているようで気に食わない。
アタシは違うわ、あんな子供のおままごとみたいな『好き』じゃないもの。もっともっと綺麗で素敵な感情よ。
全身で楽しんでいるアミティも、隣でそれにぶつくさ文句を言うそぶりをしながら笑顔が零れているラフィーナも、控えめながら嬉しそうにお菓子の詰まった籠を持つリデルも、香り立つ菓子特有の甘い匂いが染み付いているようで嫌になる。
こんな子達と同種の人間と同じだと思われたくなくて「アタシはセンパイのところへ行くわ」と言い残して顔を背けた。
アタシは子供じゃない。
あんなおままごとで満足するような子供じゃない。
早く早くと急く気持ちのせいで自分の足音が耳に障る。
鼓動がどくどく煩わしい。
はやる気持ちが鬱陶しい。
やがて街の喧騒から遠く離れた場所にひょろりと高い影を見つけて、フェーリは今までの自己嫌悪さえも忘れてふわりと笑った。


ことこと響く足音さえも、どくどく波打つ鼓動さえもセンパイの前では素晴らしいものに変わる。
「センパイ!」
思い切り叫んだら声が掠れてみすぼらしいものになったけれどそれでもセンパイは振り向いてくれた。
「レムレスセンパイ、あの、バレンタインのチョコレートです。」
そうっと差し出す手も、震えた声も、みっともなくて嫌いだけれど。
「フェーリ、ありがとう。」
受け取ってもらえた!その思いだけで胸がいっぱいになって、ああどうしようアタシ幸せね。
「いただくよ。」
小さく包装された小さなチョコレートを口に放り込んで、微かに香った鉄のような匂いに眉を顰めた。
「フェーリ。」
「はい、どうしました?センパイ。」
「・・・チョコレートに、何を入れたの?」
それにきょとんとした様子で首を傾げてから、
「愛、ですよセンパイ。」
にこりと少女は顔を歪めた。
あなたと一緒にいたいんです。いつもいつまでも。
綺麗で素敵な感情の赴くままに少女は好きな人と共にあることを望んだのだった。