刺殺。絞殺。撲殺。斬殺。焼殺。轢殺。圧殺。その他もろもろ。
正直あんまり違いがわからないんだよねえと彼女は嘯いた。
だってあれだ、刺殺って要は出血多量ってことでしょう?でもそれだと飛び降りて死んだ撲殺まがいの自殺者だって刺殺ってことにならない?ならないか。問題はそこじゃないもんね。刃物を使ったかどうかってことが問題になるんだっけ。
ああでもそれこそ微々たる違いだとは思わない?
所詮人間なんだもの、出血多量か組織破壊か呼吸阻害かの三択に絞られると思うんだ。
少女は茶に近い薄い色の髪を揺らしてそう嘯いた。
「しかし私は人間ではないが。」
対峙する男は確かに人間ではない。頭部から伸びるのはねじ曲がった山羊の如き角であり、背にあるのはコウモリのそれを数十倍にも大きくしたような翼である。
見る者が見れば悪魔にも見えるようないでたちをした男だが、少女は全くもって彼を恐れることもなくただ淡々と言葉を続けた。
「知ってるさ、キミは出血多量なんかじゃ死なない。ボクが実践済みだしね。」
あんな爆発の中でも死なないなんて、ああなんてキミは逞しいんだろう!
くすくす笑うのは誰に向けてなのか。
手にしたグラスには紅いワイン。とぷりと注がれたそれに口をつけることもなく、たださざ波立つ水面を眺める。
「となると後は組織破壊と呼吸阻害のどっちかってことになるんだけど、ねえキミはどっちなら死ぬのかな?」
「さて、私とて生物だ。呼吸ができなければ死ぬしかなく、体が壊れては生きるなど到底無理であろうよ。」
くくく、と低い笑い声が薄暗い室内に響いた。
「我が后は余程私を殺したいと見える。」
ひどく愉悦に歪んだ顔だった。殺されることを知っていて尚それを避けようともしない、酔狂者の笑み。
少女は笑顔のままそれに応える。
「ああ殺したいさ、だってこれがボクの愛だもの。」
破壊も、殺害も、終焉も。辛いでしょう?苦しいでしょう?ボクが全てを終わらせてあげる。
その口調はまこと慈愛に溢れていた。愛などという陳腐な言葉も彼女にかかれば恐怖へと転じるらしい。
それで、と男は笑った。
「それでこのざまか。」
薄暗い部屋では目視することもままならないが、そこかしこから血の臭気が立ち込めている。
恐らく石壁全てに赤い色がぶちまけられていることだろう。
キキーモラが憤慨するような景色だ、と男は笑った。もっとも、それも彼女が生きていればの話ではあったが。
長い青の髪をもつ女の首と短い銀の髪をもつ男の首だけは部屋の隅にころんと転がされて濁った瞳を宙に向けていた。
ふとそちらに目をやると「ああ、それ?立会人さ。」間髪入れずに少女が答えた。
「さて、これで世界にはボクら二人きりだ。」
青いびろうどのクロスをひいたテーブルに先程から弄んでいたグラスを置く。
なみなみとワインがつがれたそれは少しばかりびろうどを汚して赤く染みを作った。
「ワインか・・・死に水には上等すぎるな。」
「まあそう言わずに、今生の別れだ贅沢にいこうじゃないか。」
ことりと置かれたグラスは二つ。
「綺麗な毒水だ、二人でいっぺんに煽って終わりだけどね。」
さて、と少女はひとつを手に取った。
「別れの挨拶は終わった?」
男ももう一つのグラスを持ち上げる。
「とっくの昔に済ませてあるさ。」
にいと口の端が上がって
それなら、
「世界の終わりに乾杯しようじゃないか。」
ちいん、と硝子がぶつかり合って、それっきり。