小さな木造の家があった。
煉瓦造りの暖炉があって、木製のテーブルと椅子があって、白いシーツの引かれたベッドがあった。
生活に十分なものがそこにはあって、水が少し残ったグラスや枯れた花などが、誰かがここで生活していた残滓を表していた。
それはまさに残り滓と呼ぶに相応しい微かなものばかりで、例えば備蓄されていたはずの食料は根こそぎなくなっていたし
例えばその家の主が所有していたはずの魔導に関する品々や金品は残らず持ち出されていた。

その家の主は少女だった。
どこにでもいる、天真爛漫で愛くるしい少女。
少女は黄色いウサギのような生き物と共に暮らしていた。
時に笑い、時に泣き、いたって普通の少女として彼女は日々を過ごしていたのだ。

小さな木造の家には人が一人いた。
その人物が男か女か判別することは難しい。辛うじて身につけている衣服でその人物が女性であるだろうことが知れる。
背丈はそう高くないであろう。人物の人相はわからない。ただ茶褐色に腐った肌ばかりがどろどろと頭部を四肢を胴体を覆っているだけである。
その人物は、死んでいた。
とっくの昔に息絶えて、ただ日光と蛆にその身を任せていた。
木の床にべったり張り付いた血糊はとっくに乾いていて、首周りはことさらに赤黒く染まっていた。
力を失ってだらりと投げ出された掌の上にはどす黒い刃をしたナイフが一本。
さてこの人物は一体誰で、そして何故死んだのだろう?




男がいた。愚かで賢い男だった。
男は見目麗しく長身で、恵まれた容姿と生まれ持った賢さを兼ね備えていた。
男が家に立ち入った時、家屋は腐臭で満たされていた。
窓も扉も閉め切っていたであろう状況でただ腐った肉はひどい匂いを撒き散らしていて、それは男に顔を顰めさせるほどだった。
部屋の中央でただ腐っていた肉塊を目にし、男はそれが身に着けていた衣服に驚き慄いた。
自分のよく知った人物が好んで身に着けていたものと全く同じだったからである。
男は一瞬自分の知る少女の顔を思い浮かべ、それを掻き消すかのように頭を振った。
男にとって少女は死ぬはずのない人物だったからである。少なくともこのような死に方はしない人物だった。
元来た入口へとって帰す。
腐った匂いのする室内で男は僅かに嘆息して、「アルルは何処へいったのやら」と扉を閉めた。

死体はじくじく腐っていった。



女がいた。賢しく平凡な女だった。
女は豊満な肢体を持ち、恵まれた家柄に生まれ、何不自由なく暮らしていた。
もう何日も姿を見せないこの家の主を心配し、やって来た彼女が見たのは何もない部屋とぽつんと落ちていた誰かだった。
凄惨な光景に出かかる悲鳴を押し殺し、腐臭の不快感にえずくのを堪えて部屋に踏み込めばその何がしかは自分の友人と同じ衣服を身に纏って同じ色の髪をして同じような背格好でそこにあった。
顔はわからない。
仰向けた掌に血の付いたナイフが転がっていて、掻き切れたであろう首周りに血糊の跡が赤黒く残っている。
他には何も残っていなかった。ただ少しばかり焦げたような色の床板があるばかりだった。
女はかの家の主と友人だった。少女が誰より強く明るいことを知っていて、けれどただの少女でしかないことも知っていた。
「どうして、誰があなたを殺したの!?」
なりふり構わず女は泣いて、それから目を閉じて冥福を祈った。

死体は形を崩していった



男がいた。長く長く生きた老獪な男だった。
男は不老の肉体を持ち、権力を持ち、財力を持ち、何をも思い通りにする力を持っていた。
気紛れに少女の家に立ち寄った男は何のためらいもなく扉を開き、その場に転がっていた無惨な遺骸と対面した。
変色した衣服と溶け崩れた面相と埃の積もった室内を男はぐるりと見回して、余分なものが何一つない、きちんと整ったその状況に、ああと膝を着いて項垂れた。遺骸の手には赤黒いナイフが転がっている。赤錆のような色をしたそれを男は見遣った。
この家に住んでいたのは少女だった。この世界に少女を傷つける者は誰もいないはずだった。
「・・・何故、自殺などと」
男は悲しそうに目を伏せて、暫くその場を離れようとしなかった。

とうとう死体は骨になった





正解を知っているのは、そこで死んでいる人物だけだった。
さてこの人物は一体誰で、そして何故死んだのだろう?






ストアンサー
(さて、彼らは気付いているだろうか)
(各々が自分の認めたくない事実をそっくり排除した答えだということに)