「ぎっ、あああああああ!」
ぼり、鈍い音がして続いた悲鳴に耳障りだとアルルは自分の口腔から漏れる悲鳴を押し殺した。
鈍痛。激痛。血液が皮膚の下を潜る。熱い。痛い。筋肉がばらばらになる。血が圧迫する。心臓が痛い。熱い。鼓動に合わせて痛みがリズムを取る。痛い。痛い。痛い。
ああ畜生畜生!
少女は心の中で何度も罵声を吐く。
今現在自分が置かれている状況に、自分の折れて使い物にならなくなった脚に、そして何よりそれを為した目の前の男に。
痛いほど早鐘を打つ心臓を宥めて、流れる涙もそのままに自分を睥睨する男を睨め上げた。
呼気が荒い。
体を横たわらせている床は木材で、触れると冷たく滑らかだった。
畜生。してやられた。
皮を突き破った右脚の骨がささくれだった断面を覗かせている。
床にじわじわ溜まっていく赤い液体を葡萄酒に例えたのは誰だったか。
古い聖人の言葉を言い得て妙だと実感しながら歯を食いしばる。
この男の前で醜態を見せるのは御免だった。
男は涼やかな表情で少女を見下ろしている。
まるでそこには、男が今しがた少女の脚に思い切り自分の体重をかけて力任せに踏み折ったことなどないかのようだった。
「平気か?アルル」
ふざけんな。怒鳴ろうとした言葉はひゅう、と擦れた吐息にしかなりえなかった。
「ああ痛むのか、そうだな」
今気がついたかのように男は手際よく少女の脚に布切れを巻きつけていく。
添え木も何もせず、折れた骨を治してやろうとは微塵も考えていないようだった。
布を巻き付け終わった男は、声も出ずに這い蹲る少女を労るような手つきで布越しに脚を撫でた。
「痛くして、すまなかったな」
優しい声色に怖気がたつ。
「・・・痛くなければいいっていうの」
掠れていながらもようやく声が出た。
ひゅうひゅう鳴る喉を押さえながら、痛みのあまり目尻に涙を浮かべながら必死に言葉を紡ぐ。
それをちらと見た男は苦虫を噛みつぶしたような顔をして
「苦しむ顔は見たくない」
少女から視線を外した。
ただ、と男は呟く。
少女は無言でその先を促した。
「逃げられないように、と」
もう二度と逃げられることがないように、脚を潰してしまえばいいのだと。
「お前は」
喪失した表情に、声ばかりが優しい。
「獲物、なのだから」
少女はその言葉に目を見開いた。
脳裏に浮かんだのは自分と男が初めて出会ったあの最悪な出来事である。
からからに乾いた口を湿らせてゆっくり口を開いた。
肺までもが収縮して痛みを訴える。
それを宥めながら一音一音噛みしめるように息を絞り出した。
「ボクに一言の断りもなく?」
「嫌がるだろうと思った」
「当たり前、じゃないか」
布きればかりが巻きつけられた右脚は見るも無惨な有様で、立つことはおろか引き摺るだけでも多大な痛みを伴うだろう。
確かにこれでは、逃げられない。
男は正確な判断力を失っているのだろうか、それとも失念しているだけなのか。
「・・・キミは、ただの馬鹿だね」
「ああそうかもしれんな」
折れた脚はいつしか治る。完全にとはいくまいがこの場所を逃げ出すくらいは出来るだろう。
それならいっそ、一生治る見込みのないように斬りおとしてくれればよかったのに。
「数ヵ月後を、お楽しみに」
少女は額に脂汗を浮かべたまま、にこりと笑った。
とりあえず、その時は彼から刃物を拝借しようか。





マリアの塑像