彼女が死んだのは、うだるような盛夏の最中だった。
家の裏手にごろりとひとつ、鳥や虫にところどころ啄ばまれた腐乱死体が転がっているのを発見したのは当然のようにその家の主たるシェゾで、彼はとてもとても嫌な顔をしてから仕方なく深い穴を掘った。
家の裏に何があろうが、ここを通る人間なんていやしないし知ったことではないが。この暑さだ、匂いがあっては堪らない。
臭いものには蓋をせよ。
山肌の冷たく暗い土中には死の匂いが充満していて生に溢れた外気とはまるで別物だった。
世界すら違うのではないかと感じながらシェゾは穴を掘る。
細い縦穴が丁度背丈を超えるくらいの深さでシェゾはようやく穴を掘るのを止めた。
穴の中にその躯を投げ入れる段になって、さてどうしようかと男は悩んだ。
何せ相手は腐った死骸。皮膚はずり落ちて肉はどろどろと腐っている。
熟れすぎた果実のような黒ずんだ皮から薄らと覗いているのは芯だろうか。
肉に触れればびちびちのたうつ蛆が粘液を纏わりつかせながらもぞりと頭を出して、なんとも気持ちの悪い光景になった。
いかに多くの死骸を見慣れていようともこればかりは辟易せざるを得ない。
死を美しいと言ったのは誰だ、これはこんなにも醜いではないか。
ぐずぐずに崩れた体をどうするか。
手で持つのは避けたい。泥の中から湧き出す蛆には流石に怖気が走る。
布で包んで腕であろう部分を掴めばずるりと肉が剥けて、いとも簡単に形を失った。
じゃり、土と一緒にいくつかの蛆を踏みつぶしながら歩く。
じゃり、ぐち。じゃり、ぐち。
み、ぃい―――
すぐ傍で蝉がないた。
生きている。死んでいる。
じいぃ、と翅がぶるりと震えて蝉が落ちた。先程ないた蝉だった。
死んでいた。
蝉と同じように死んで横たわる彼女の体はむごたらしくあちこち潰れていて、生前負ったらしい大きな傷も辛うじて見て取れる程度。
首元を一直線に走るぱくりと開いた刀傷だけがその死に様を物語っていた。
青い肩当てを体ごと持ち上げる。そのまま穴まで引きずっていけないかと苦心したが、少しばかり頭が持ち上がるだけに留まり、腐らず残った茶色の頭髪を纏めていた青い布切れがするりと解けて落ちた。
どす黒い染みで汚れたそれを先に穴の中に放り込んで、それから死骸を少しずつ布に包んで運んだ。
布越しに感じるやけに冷たい泥のような肉の感触。
麻痺した嗅覚の奥で感じる腐臭。
ようやく胸から下を運び終えてしまって、残るはこうべばかりだった。
そこは先に腐って落ちてしまったのだろう、乾いて黄ばんだ白い喉元がひゅうひゅう風ばかりを通していた。
これで仕舞いか、と手を伸ばす。
「痛っ」
ぼろりと真ん中から割れた鎖骨の、そのささくれ立った尖端が小さく赤い線をつけた。
じわりと傷口に染みが広がる。打撲の跡のような紫の、点のような黒。あまりにも早い、壊疽だった。
ぽつんと落ちた点に目を落として最期の顔を思い出す。じいと何も言わずこちらを見ていた飴色の目玉は相も変わらずうつくしかった。
諦念と許容と覚悟によってゆるゆる落ちていく目蓋と反対に持ち上がる口角。赤く染まった首元と同じ色に濡れた自分の手がつめたい温度に変わりつつある。ようとして明けぬ夜は美しかった。
脳裏に浮かんだ景色は目の前のものとは似ても似つかない。
「呪いたいなら、呪えばいい」
一滴ほどの後悔が見せた幻だろうか
面相もわからなくなった腐肉がいつものようにくすくすわらった、ような気がした。
ぷくりと盛り上がった血の珠が落ちて跳ねて手向けの花を赤く添えた。
傷口は直に埋まるだろう。
記憶はすぐに流れるだろう。
土饅頭にしたその場所には別段目印となるようなものを置いているわけでもなく、月日が過ぎればすぐに他の地面と同じように均されてしまう。
まったく彼女はこうして誰にも何も残さずに行ってしまったのだった。
後には呪いのような壊疽ばかりが広がって、それもあと一月も経てばお終いなのだ。
やれやれと男は二つ目の穴を掘るために家の裏手に向かった。
あと一月も経たぬうちに土饅頭は二つに増えるだろう。
それで物語は全てお終い。
めでたしめでたしの大団円を迎える日まで男はひそりと生きていく。