キミとボクは敵同士。
それはキミがボクを狙う限り変わらないことで、ボクがキミに勝ち続ける限り変わらないこと。
思えば危ういバランスの上に成り立っているものだ、この関係は。
では、ひとつ謎かけをしよう。
キミがボクを狙い、そしてボクがキミに勝つという条件の上で、この関係が崩れる瞬間は?
答えは、
ばらりと肉片が散った。
ボクの魔法はキミを焦がし切り裂いて、キミの剣はボクの肉を裂き吹き飛ばす。
辺り一面香るように紅い花が咲いて、その花のかぐわしい匂いを胸いっぱい吸い込んだボクは噎せ返るように顔を顰めた。
左腕にはもう感覚がない。辛うじて肉と骨は繋がっていて、それでもあちこち削げて白い筋がべろりと顔を覗かせている。
使い物にならなくなった時に、もう左腕を庇うのはやめた。それより左腕を犠牲にしてでも胴体を守ることが急務だった。
縦に伸びた裂傷がいくつもいくつも筋を作って凍えるほど冷たい。
ぱたぱた音をたてながら紅い花が咲く。
一輪、二輪、それは目の前のキミも同じ。体中に真っ赤な仇花を咲かせて、ああまるで華に埋もれているようだよ、シェゾ・ウィグィィ。
互いの姿をみとめてうっすら笑う。こうして対峙している時だけはキミが人間に見える。
頭がぐらぐら、血も足りてない。だけど止まってやれない。ごめんね、こんなボクで本当にごめん。
喉と右手。それだけ残っていればボクは攻撃を続けられるからそれ以外はどうしたって疎かだ。
「ファイアー」舌が言葉を吐き出す、呼応するように体の奥底が渦巻いて炎が灯る。あつくない。あつくない。
シェゾがしかめ面で剣を振り下ろすと同時に真っ黒な影の刃が襲って来て、石畳を抉り土くれを跳ね飛ばし一直線。それを甘んじて避けない代わりにいくつもいくつも火球を出現させる。
「うぐ・・・」斬られた足がじくじく痛む。脂汗を流しながらもまだ火球は保ったまま。
第二波が来る、その直前に今の今までその場に留めておいた炎を一斉に飛ばした。
「・・・っ!」だがそのせいか次の攻撃を完全には避けられない。
ぶちぶち筋繊維が悲鳴をあげて、アルルはその場にしゃがみ込んだ。
先程のファイアーが削った地面は土煙をあげていてまだ視界がはっきりしてはいない。
今のうちにと「ヒーリング」足の傷を治してしまう。痛みの残滓が幻のように遠くで響くのを耳の奥で聞いていた。
ようやく晴れた視界を待っていたかのように両者共身を削るように攻撃を仕掛ける。
キミの抉れた腹にはもう消化器官なんてどれも詰まっていやしない。(多分地べた咲く花のどれかではある)
赤黒い空洞がぼんやり白い肋骨を少し覗かせて、ボクはあれでよくもまあ動けるものだと感心した。
確かに急所は外れてる、けどさ。
ぶらんと垂れさがる腕が煩わしくなってきた、けれど千切る訳にもいかない。誰かさんと違って、ボクにはそこまで高い治癒能力はないのです。
まだ動く脚を引き摺って、体中の痛みの信号を無視して走る。
暗い石畳が蹴られて抗議の音をたてた。
喉の奥で呪文がぐるりと渦を巻く。襲ってきた影の刃を寸でのところでかわし、(それでも左腕にはまた新しい傷が増えた)「ファイアー!」お返しとばかりに火球を放ってやった。
かわされるのは百も承知、体の向きを無理矢理にでも変え、自ら火炎に突っ込む。
ぱっと散らされる炎、そのすぐ向こうにある影が思っていたより近い距離に目を見開く。
間髪入れず「アイス!」つららをいくつもいくつも放つ。初級魔導でもやりようによっちゃ十分使えるということを彼との戦闘で学んだ。
「っあ・・・!」
叩き落とそうとしたアイスを喰らったらしい苦悶の声。それでも数を減らされたアイスは四肢を傷つけるに留まった。
がらん、取り落とされた闇の剣が硬質な音をたてて地面へ。
キミが剣士である限り、ボクが魔導士である限り。接近戦でボクに勝ち目はない。
だからこそ、攻めるなら剣を持っていない今しかない。
「ダイアキュート、ファファファイアー!」
先程より大きくて強い火球。それがキミと剣との距離を開ける。
呪文一つで魔法を消し飛ばすくらいには、キミにとっちゃ初級魔導なんて脅威ではない。
案の定炎を簡単に払う、けれどそのせいで
「反応、遅いよ!」
ボクの強襲に気付くのが遅れた。
ごつ、皮膚の上から肋骨を膝で蹴って肩を掴んで渾身の力で押し倒す。意外と人間って軽い、小柄なボクですら長身のキミを吹っ飛ばせるくらいには。
びちゃ、存在を忘れていた左腕がボロ雑巾みたいになっているのを濡れた服越しに感じながら油断なくキミを見つめる。
「・・・ボクの勝ち。」
至近距離、組み伏せた相手の手には武器の一つも存在してはいない。
あっけにとられたわけでもない、こうなることを予想していたかのような冷淡な表情を見下ろした。
白い、それだけは傷ひとつついていない右手をキミの頸に添えて、「だあいすき」マンダラゲの蕾が綻ぶように毒々しく笑ってやって、
「じゅげむ。」
閃光、爆音。
ごろり、キミの首がもげて。
そうしてボクはようやく安心した。
ああ、今日もボクはバランスを保ったのだ。この曖昧な日常の、この綱渡りみたいな日常のバランスを。
でろりと流れて行く頸動脈からの血液に、咲き乱れた花の美しい様に、なかなか死ねないキミに、変わらない日常に、笑いだしたくなりながらボクは爆発で焼け爛れた右手で忌々しげに舌打ちするキミの首を掲げた。
答えは、キミがボクの手によって死ぬ瞬間。
けれどそれもこれも全部、
――昔の話だ。
昔の話だ。