あ、と声が漏れた。
背後の彼女がそう思いついたように声を出す時は碌なことがないというのは知っている。
それでも言わざるを得ないのだけれど。
「どうした?」
振り向いて少し低い位置にある彼女がこちらを見上げるのを待って、その金色の瞳がくるりと目を合わせてから訊く。
「いちご食べたい。」
ぎゅ、と服を掴んでそんなことを言うのに眩暈がした。
「あのな、ここは洞窟で。魔物もいて。んで、今しがたその魔物を殺したばかりなんだが。それでどうして苺だなんて。」
周囲は魔導による焦げ臭い匂いと魔物の生臭い匂い、それに流れ出した鉄臭い匂いが充満している。
とてもじゃないが何かを口に入れる気にはなれないはずの場所だ。
「ああ。えと、思い出しちゃって。」
まっかに熟れた苺が食べたいのだとアルルは言う。魔物の死体を見下ろしながら。
頭部が狼の人狼は真っ赤な舌を出して濁った眼で横たわっていて、ところどころ焦げたような毛皮と、その下の生々しい白と赤で彩られた肉がごそりと露出している。獣の脂でてらてら光るそれ。彼女はそれをじいっと見つめて、もう一度「ね、苺食べたいな」と繰り返した。
それになんとも言えない表情をするしかない。だって彼女は至って真剣で、ただふと思いついたことをそのまま口に出しただけなのだから。
「・・・洞窟を出たら買ってやるから、それまでは我慢しろ。」
「はぁい。」
くふふ、と含み笑う彼女は嬉しそうにぎゅ、としがみついて先ほどの魔物の死体をひょいと飛び越えた。
それを視界の端で捕らえて男はため息をつくばかり。
いちご、いちご、甘いいちご、よく分からないリズムで即興の歌を歌うのに「そんなに食べたいか。」と溜息まじりに訊いてやる。
「うん!だって苺って美味しいんだもの!」
あまくてね、あかくてね、そんで中が白いのがボク好きだなぁ、笑顔でそう言うアルルの頭を撫でて、
「オレは暫く苺は食べれそうにないな。」
なんで?と訊くのには答えずに、華奢な手を引っ張ってさっさと洞穴を出ようと足を速めた。