一番最初に見えたのは、山のような影だった。
大きな円卓いっぱいに乗せられたそれが何なのかを見止めた時、「よし、逃げよう」自然とそう口に出していた。
サタンというのは傍迷惑な性格をしている。それは周囲の誰もが(ルルー以外)認めていることで、最早不変と言っても過言ではない。
シェゾの言葉で気付くべきだったのだ、大々的に告知されていたというボクの誕生日。しまも首謀者はサタン。
(絶対宴会とか言い出すつもりだったんだあいつ・・・!)
円卓の上に乗せられているのは色とりどりの果物だったり皿に盛られた料理だったり、兎に角様々な食料である。
恐らくはカーバンクルの胃袋の大きさを考慮したうえでの量であろう。それにしても半端ではないが。
捕まれば今日一日潰れるのは間違いない、とっとと逃げたが勝ちである。
「よし、逃げよう」
誰もボクに気づいていないことを確かめてから身を翻して走り出した。肩のカーバンクルが眠っていてよかったとこれほど思ったことはない。
低木の両脇に生える小道をひたすら走っていく。暫く離れたところで、もういいかと速度を落とした。
追っ手が来てたりしないよね、ときょろきょろあちらこちらを見回すのはどこからどう見ても不審者である。
それだけ恐ろしいのだから仕方ない、と言い訳をして顔を上げると梢の向こうに見知った顔を見つけた。
青い髪に豊満な肢体。思いがけない友人の姿に大きく手を振ったのが、間違いだったのだ。
「あら、アルルじゃない」
「ルルー」
「ちょうどいいわ、あんたも来なさい」
がっちり首根っこを掴まれて動けない。
「あの、ボク用事があって・・・」
「明日になさい、そんなこと」
今しがた逃げてきた方向へ力任せに引きずられていく恐怖はいかがほどのものか。多分想像してたよりずっと恐ろしい。
抵抗の言葉も態度もちっとも彼女には通じそうになくて、大きく溜息を吐いた。
しまった彼女に連絡が行っていない筈がなかったのだ。
連れられた先は矢張り先程の宴会場で、雑然と積み重なっていただけのパンや果物がいくつかの卓に振り分けられるようにしてある他はさっぱり変わっていなかった。
「サタン様ー!ルルーが参りましたわ」
あああサタンを呼ばなくてもいいのに!と心の中でこっそり思うが口に出すことはできない。
代わりに「ルルー、そろそろ襟首が締まってるんだけど」訴えることにする。
「あらごめんなさい」
考えが至らなかったようにぱっと掴んだ襟首を放す。少し咳き込んで、「ルルーのばーか」悪態をついた。
ぺたん、と地面に腰を下ろす。どうせ逃がして貰えないんだったら、じたばたするだけ無駄だというのは長年の付き合いで学んだことだ。
「ああっサタン様がいらっしゃったわ!ほらアルル、あんたも立ちなさいよ!」
せっつかれてしぶしぶ腰を上げる。地面についたスカートをはたいていると今日一番見たくない顔が目の前にあった。
「サタン様、今日はおまねきありがとうございます」
深々と頭を下げるルルーに一瞥やってからこちらに向き直って「我が后よ、よく来てくれた!いやなに、今日はランチを共にしたいと思っていてな」「いや遠慮したいです」
即刻NOの意思を伝える。
「そう照れるでない、愛い奴め」
・・・やっぱり伝わってない。がっくり頭を落とした。何も一緒に食事をするのが嫌なわけではないのだ。一緒にいることが嫌な訳ではないのだ。
ただこうも大々的にされると精神的に疲弊するというか。友人全員呼んでパーティ!とかされてもボクとしては遠慮したいだけなのだ。
「どーせ大人数でやるんでしょ?ボクそういうの苦手なんだって」
疲れた溜息が出るのをようやく押しとどめる。
それにサタンは何やら苦笑して、
「今日は身内だけでやろうかと思ってな、ルルー以外は呼んでおらぬよ」
あれらは全てカーバンクルちゃんのために用意したものだ、と山盛りの料理を指す。
どうやら今年は空気を読んだらしい。珍しい、と呆けたように見上げているうちに肩でカーバンクルが動く気配がした。どうやら目が覚めたらしい。
「あ、カーくん起きた?」
きょろきょろと起きるなり辺りを見回して自分が御馳走に囲まれていると見るなり肩から飛び降りる。
「ぐぐー!」
「ああっ、ちょっとカーくん!?」
早速山のような料理に突撃している黄色いウサギを見て、がっくりと脱力した。
「仕方ないなあ」
そう笑う。
「さ、私たちも冷めないうちに頂きましょう。ミノ、椅子を」
「折角の御馳走だ、思う存分食べてくれたまえ」
「はーい」
ああそれから、と二人してこちらを向き直るので何事かと首を傾げる。
「「誕生日、おめでとう」」
揃った声が示し合わせたように同じことを言って、くすぐったい気分になった。
バースデーケーキは三等分
(ちょっとだけ、付き合ってあげるよ)