傍らに眠る少女を見つめる。
静かに、規則正しく呼吸を繰り返す。
どうやら深く眠っているようだ。
親指を、その桜色の唇に這わせていく。そのまま頬を撫でた。
少し眼にかかっていた前髪をかきあげる。
穏やかな寝顔だ。
視線を僅かに下げると、白い首筋が目に入った。
少女の意思とは関係なく、脈を打つ。
生きている、証拠。

やっと自分のものになったのに。
いつまでたっても自分のものにならない。
そんな不思議な感覚だった。

「お前の瞳は、醒めているな」
寝ていることを確認してから彼は話しかける。
あんなにも渇望したもの。
それが手に入り、いざ、自分のものにしてみれば。
自分のことを好きだと言う、その眼は笑っている。しかし、同時に醒めている。
自分を拒むような言葉や態度は見られない。
彼は釈然としなかった。

自分のものにする為には。

彼はその脈打つ首筋に手をかけた。
指先に感じる、彼女の命。
ほんの僅かに力を入れる。
ふっと短く息を吐き、彼女の眉が寄せられる。
彼は大きく息をつき、ゆっくりと手を離す。
彼女の呼吸も眉根も元に戻った。
起こさないように、そっと抱きしめる。
「…お前が欲しい。アルル・ナジャ」
苦しそうに呟いた言葉は、泡のようにすぐ消えた。

隣の男が眠りについたのを感じ取ってから少女は薄く眼を開けた。
少し上に、眉根を寄せた寝顔があった。
長い腕は、自分の頭の下にあり、もう片方はしっかりと背中に回されている。
白い、小さな手で男のしかめっ面の頬を撫でてから、小さな声で囁いた。
「だって、簡単に君のものになっちゃったら詰まらないじゃないか」
もう少し、その苦しそうな顔で僕を愉しませてよ。
言葉の後半は声に出さなかった。
「君はこれにも気づいているかなぁ」
こみ上げる笑いを抑えて彼女は言う。
「キスをするとき眼を閉じているのは君だけなんだよ」