うららかな小春日和。
小鳥は囀り、川のせせらぎは耳に優しく、まさしく絵に描いたように平和な朝であった。
つい先程までは。
「シェゾ!匿って!」
ばたばた大きな音をさせながら嵐のようにやって来た少女、アルルによってその日一日の平和はぶち壊されたと言っても過言ではない。
思い切り顰めつらをしてやりながら不承不承といった様子で尋ねる。
「いったい何があったんだ」
「追われてるのー!」
本人への確認もなしに家に上がり込むこいつを不法侵入者として追い出そうかという考えが頭をよぎるものの、後ほど倍になって返ってくることが容易に想像できた。
どうせサタン辺りだろうとあたりをつけて、仕方ないかと諦めた。
アルルはといえば落ちつかなげにそわそわと周囲を見回している。
「で?またサタンに追われてるのか」
「違うよ!こないだの奴がまた来たんだよ!」
こないだ、と言われても範囲が広い。いったいどいつのことを言っているんだと思いながらも至極当然なことのように物騒な台詞を吐く。
「魔導でぶっとばせばいいじゃないか。」
いつもオレにやっているように、という迂闊な一言が喉を滑り落ちることはなかったので特に咎められることはなかった。
「イヤ!なんか生理的にイヤなの!」
「ゴキブリと同じ扱いされてもねー」
突如として現れる黒い物体。のっぺりとした顔に青白い目口が平面についている。よくよく考えれば気味の悪い姿だ。
「いやー来たー!」
思わず悲鳴を上げてシェゾの後ろに回りこんだ。
そこまで毛嫌いしなくとも、と思わなくもないが本人としては逃げることに必死で頭が至っていないのだろう。
「こないだの奴って、ああ例のサタンが憤慨していた奴か」
アルルに手を出しおって!と怒気も露わにしていたのを思い出す。
「で?なんでそいつがここにいるんだ」
「もう一度アルルちゃんに乗り移ろうかなーってさ。だけどこの扱い、ぼく落ち込んじゃうなー」
来るな見るな近寄るなの三ヶ条をもって敵対心剥き出しにしながらもここまでアルルを及び腰にさせる人物が今までいたであろうか。いやいない!
シェゾは変な感動を覚えながら目の前の黒坊主を見た。
背後で警戒中のアルルを庇うような格好になってはいるが心の中ではすっかりエコロ寄りである。
「アルルちゃんったらそんなにつれなくしないでよー」
「こーなーいーでー!」
自分を挟んで妙な攻防戦が行われているのを感じ取り後ろでシャツを掴む腕をとって
「あきゃ?」
自分の前にひょいと引きずり出してやった。
「シェゾのはくじょーものー!」
「いやあ悪いねぇ〜」
ぎゃんぎゃん喚く少女の背中をずいっと前に押し出して我関せずの姿勢をとる。
真っ黒な物体がアルルにひっつくのを横目で見てひらひら手を振った。
これは本格的に見捨てられたということを感じ取ったのかアルルは個人での抵抗に切り替えたらしい。
「離せー変態!触らないでー」
じたばたするも相手は精神体。さっぱり効果は見受けられない。
これで本日の平和は確保された、かと思いきやアルルにひっついたそいつは次のターゲットにシェゾを定めたらしく嫌みたっぷりに言い放った。
「しかしキミもぼくに負けず劣らずの変態さんだよね〜りんごちゃんとアミティちゃん二人いっぺんに欲しい!だなんて」
くふふふふふと含み笑い。
「げ!何故それを・・・」
「だって見てたもん。いやあ言葉が足りないだけで人間あそこまで変態になれるもんだね〜」
けたけた笑う黒い物体。つい先程まで妙な感動を覚えていたが前言撤回、こいつとは絶対に仲良くなれそうにない。
「ちょっとどういうこと!?アミティとりんごちゃんに手を出しただなんて!」
そこまで落ちぶれていただなんて!軽蔑の視線が突き刺さるように硬度をもってシェゾを捉えた。
「だああっ、違う誤解だ!いつものように言葉が抜けただけだ!」
何故こんな恥ずかしいカミングアウトをする破目になったのだろうか、涙目のシェゾに答える人間はいない。
「だいいちボクにだって、毎回毎回恥ずかしい発言ばっかり。変態って言われても文句はないよね?」
それとも学習機能がないのかな?とにやにやしながら言われるのには耐えられない。
「オレが欲しいのは、アルルの魔力だけだっ!」
しっかりと言葉も抜けずに最後まで言えた、これなら奴らも文句はないだろう。
「なんか、まともなシェゾってつまんないね」
「本当だね〜変態っていうキャラ付けなのにまともだなんてがっかりだよ」
二人して好き勝手なことを言う。おいこらお前らついさっきまで敵対してなかったか、その息の合い方はなんなんだ。
「だあーっもういい加減にしろ!それならこう言えばいいんだな!?アルル、お前が・・・欲しい!」
「いやああああ変態!ふっとべジュゲム!」
シェゾの体は屋根を突き破り綺麗に弧を描いて上空高く飛んで行った。
やたら哀愁を誘う飛び方をしていたのは気のせいだろうか。
「ところでさ、ぼくら何してたんだっけ?」
どこからが首か判断に困る物体は頭を傾げて訊く。
「えっとー・・・ボクがキミに追いかけられてたんだよね」
「そうそう、アルルちゃんにもう一回体を貸してもらおうと思って」
がば、と抱きつくようなポーズをとる。
「というわけでアルルちゃん、ぼくに体頂戴!」
「絶対やだ!じゅげむ!」
本日の天気、晴れ時々変態。近隣の皆様は上空から変態が降ってくる危険性があるのでご注意ください。