もこもこの毛皮。
愛くるしい瞳。
ぷりちーな肉球。
我らが物理室を科学部として間借りしているりす先輩は頭身さえ高くなければ今頃女の子達に囲まれてごてごてに飾り付けられるような外見をしている。
より正確に言えば八頭身のテディベアに似ている。
私とて可愛いもの好き女の子、初対面で思わず抱きついてしまい大層恥ずかしい思いをしたものだ。
「芸術は爆発だ」
そんな先輩の突拍子もない発言を、私は聞き逃せなかった。
・・・主に、爆発という単語を。また実験に失敗してどこか爆破したのだろうか。それともこれは爆破予告だろうか。
「い、いきなりなんですかりす先輩?芸術は確かに爆発かもしれませんが爆発は芸術ではありませんよ」
「りんごくん、そんなこと私だって理解している。いいかよく聞きたまえ。芸術というのは感性の爆発である、といつか誰かが言った」
「だ、誰かっすか・・・」
作業の手を止める。物理の実験に使うボールを好みの色に着色中だったのだが仕方あるまい。ちなみに色はもちろん赤だ。
「そう、誰が言ったかはさしたる問題ではないのだよりんごくん。重要なのはそういった言葉があるということだ」
確かに芸術は爆発だ!という言葉を使う際に引用元をも使う人を見かけたことは無いしこの場合りす先輩の言うとおり人物よりも言葉のほうが大事ではある。
これは人間と言葉の力関係が逆転した現象だよなあと多少先人に失礼なことを考えながらうんうん頷いておく。
「そしてりんごくん、私は悟ったのだよ。愛もまた爆発であると!」
・・・ん?なんだかやばい方向に話が転がっていくような予感・・・。
「まぐろくん、ささきまぐろくん起きて起きて!」
目の前で気持ちよさそうにお昼寝中のささきまぐろくんを小声で起こす。りす先輩はそんな私に目もくれずますますヒートアップ。
これには危険を感じたのか目を覚ましたまぐろくんも顔を引きつらせた。
「これはいったいどういう経緯なんだい★」
こそこそ訊かれるのにぶんぶん首を振って答える。
りす先輩といえば一通り身振り手振りで愛の素晴らしさを語った後、とうとう両手を振り上げて力説しだした。
「そう、全て爆発なのだよ!芸術が感性の爆発であるのなら愛は感情の爆発である、つまり・・・」
どこかから怪しげな液体の入ったフラスコと試験管を取り出す。これはやばい。やっぱり爆破じゃないですかと思いつつ慌てて荷物を引っつかむ。
「爆発は私の愛情表現である!」
「全員退避ー!」
「りょーかい★」
最後の言葉が聞こえた途端二人して物理室を飛び出した。
一拍遅れて派手な爆破音が聞こえる。
りす先輩は毎回爆発の中心地にいるくせに怪我一つしない人だから大丈夫だろうが、生憎私たちはそうもいかない。
「あーぶなかったぁー」
もうもうと黒煙をあげる教室を振り返って冷汗を拭う。
「せめて予告してくれればいいのにね★」
「まったくだよ・・・」
恐らくは惨状となっているだろう教室内を想像してちょっと凹む。
廊下の奥からばたばた足音が聞こえて男性教師が現れる。教室前に佇む私達と立ち込める黒煙で全て理解したらしい、諦めたような顔で「お前達後片づけ頼んだぞ」とだけ言ってそのまま去ってしまった。


「りすせんぱーい、無事ですかー?」
おそるおそる教室を覗いて声を掛ける。きな臭い煙にむせながらもまずは生存確認。
くまくましい影が薄い煙の向こうに見えてほっと一息。
「りす先輩無事でしたか」
駆けよれば今気づいたかと言わんばかりにおやと眉根を寄せて
「おやそんなところにいたのか二人共。もっと近くで私の愛を感じてくれても良かったのだがな」
「全力で!遠慮させていただきます」
「さすがに無理ですよりせぱ〜★」
「それにしてもこれどうするつもりなんですか?」
目の前に広がるのは爆発の衝撃で割れた机やらぶっとんだ椅子やらヒビの入った窓ガラスやら。
片付けを頼まれた身としては気になって仕方ないことだった。
「うむ、そのことなのだがな」
ぐぐっと顔を近づけられる。こちらもつられて思わずぐぐっ。
おでことおでこがくっつくくらいの距離で睨みあって一拍、とんでもなく真剣な顔をする先輩が大きく息を吸いこんで、
「何も考えていなかった!」
「ええ〜!?」
「握りこぶしで力説されてもこまるんだけどな〜★」
うむ、二人とも聞きたまえ。再び真剣な顔に戻るりす先輩。何か名案でも?とまぐろくんも真剣な顔。
「実はな、爆薬の分量を間違えたらしいのだ」
「ほうほう」
「それで?」
つぶらな瞳を伏せて、悲しそうに項垂れる。
そんな様子にうっかり可哀想だなとか思っていたらとんでもない言葉が飛び出した!
「予定ではこの教室まるごと吹っ飛ぶはずだったんだが・・・」
「どっしえ〜!」
「わーお、過激ですねりせぱ〜★」
「ななな何故そんな考えに!科学部ぶっ飛ばして怒られたの忘れたんですか?」
「何を言う、私はそんなに物覚えが悪くは無い。無論しっかりと覚えているとも」
「じゃあ一体どうして?」
「ハッキリ言おう、中途半端に爆破して後片づけをするのが面倒になったのだよ!」
「「・・・・・・」」
その話を聞いていた二人は無言。呆れかえって声も出ないようだ。
「む?どうしたというのだ二人とも?」
やがて無言のまま部屋の隅に備え付けてある掃除用具入れに突進、三人分の箒と塵取り、バケツと雑巾を手にしてぐいぐいりす先輩に押し付ける。
「ほらほら、さっさと片付けますよ〜★」
「むう、私だけ免除してもらう訳には・・・」
「「いきません!」」