学校というものはある種特殊な空間である。
生まれも育ちも全く違う者たちが集い、互いを高めあう。
また校舎も古くから学校として使われてきたため、卒業していった幾千幾万の生徒達の思いがそこかしこに残っている。それはほんの少しの傷であったり、誰かが流した噂であったり様々だ。
学校はそれら全てを内包してそこに建つ。
故に、時に生徒に害悪をもたらすものをも抱え込む。
それは生徒達の好奇心と、悪戯心と、悪意によって生るもの。
いわゆる、学校の七不思議、である。


「ねえ、七不思議って知ってる?」
「知ってる知ってる、『七つ目のない七不思議』でしょ?」
教室で交わされるそんな言葉を耳にしたアルルは好奇心がむくむくと湧き上がってくるのを感じた。
七つ目のない七不思議?じゃあどうして七不思議って言うのかな?そもそも他の不思議もボクは聞いたことがないし、どんなものなんだろう。
魔導士とは概して知的好奇心が高いもの。まだ学生とはいえそれはアルルにも言えることで、ぜひ調べたい!との思いが彼女の胸中に渦巻いていた。
こっそり先程の二人の話に耳をそばだてる。本を開いてカモフラージュするのを忘れていないところを見ると、罪悪感はあるらしい。
「一つめはあれでしょ、マスクド校長の正体!」
「出自も正体も全部不明なんだよね、本当あの人誰なんだろう。」
その言葉にがっくりきた。努めて表情には出してないのでバレることはなかったが。そっか、中身がサタンだって知らない人にはミステリアスに見えるのかと思い直し、でも一つ目がこれなら二つ目もあんまり期待できないよなあ・・・と心の中で呟いてみる。なんとも酷い言い草だが生憎聞いている者はいない。
「二つ目ってなんだっけ?」
「やだ、忘れたの?実験室にあるホルマリン漬け標本の目玉が動くって話じゃない!」
これはなかなか恐ろしい、先程とは違いアルルは俄然興味が湧いて来た。
「三つ目は知ってる?」
「うん、血濡れの教室!事故で死んだ生徒が化けて出るって噂の。」
きゃーきゃー盛り上がる少女達。知らないことを知りたいと思うのは皆同じらしい。
「四つ目は?」
「確かね、中庭の赤く染まる池!いきなり真っ赤になるんですって。」
やだー怖いなんて騒ぐ二人を尻目に、一人アルルは胸を高鳴らせる。平凡、と言えば聞こえはいいが要は退屈な学生生活に新たな刺激が生まれたのだ、盛り上がらないわけがない。
「この後はなんだっけ?」
「さあ、これ以降は知らない。」
なんだそりゃ、と思うと同時にもっと知りたい、との思いも。
よし、誰かに訊いてみれば知ってる人がいるかもしれないとアルルは席から立ち上がり廊下へ飛び出した。






「あ、ルルー!」
青い髪を優雅に靡かせて廊下を闊歩する後ろ姿を見止めて声をかけた。
「あら、アルルじゃない。」
挨拶もそこそこにルルーに駆け寄る。
「ねえねえルルーは七不思議って知ってる?」
いきなりのボクの言葉にもルルーは驚かない、ボクの扱いには慣れっこだからか。
「いくつかなら・・・そうね、階段の黒い犬の話とか・・・図書室の幽霊とか。」
「それボク知らない!どんな話?」
相変わらずおこちゃまね、と悪態を吐きながらもなんだかんだで話してくれるルルーはやっぱり根がいい人だと思う。
「昔の話よ。この学校の生徒が階段で足を滑らせて死んでしまったのですって。その生徒は大きな黒い犬を飼っていてね、急に主人を亡くした犬はあちこち主人を探しまわり、ついに主人の匂いが濃く残る、例の階段に辿り着いたの。けれど匂いはすれど主はいない。犬はその場で主を待っているのだそうよ、死んだ今でも。」
「なんだか感動的な話だね。ボクうるっときちゃった。」
「んで、夜中その階段にやってくる人を突き落として主人かどうか確かめるんですって。主人の血の匂いしか覚えていないから。」
「ごめん・・・前言撤回するよ。」
感動的かと思いきや最後がなかなかにホラーだった。
「じゃあじゃあ、図書室の幽霊は?」
「そのまんまよ、真夜中の図書室に真っ白な幽霊が出るって噂。本好きな幽霊らしくてよく図書室の本を開いているらしいけど、いつの間にか煙のように消えちゃうんですって。」
図書室、本好き、真っ白、消える・・・この言葉に当てはまる人物には一人しか心当たりがない。てゆーかあいつだ。
「ねえねえルルー。」
「何よ。」
「それってシェゾのことじゃない?」
無言。ルルーはしばらく上を見たり下を向いたりして考え込んでいたけれど、やがて得心いったかのように口を開いた。
「・・・言われてみればそうね。」
誰だこんなの七不思議にした奴!そういや最初の七不思議はマスクド校長の正体だった、真実は意外と身近に転がっているもんだなーとしみじみせざるを得ない。
そこまで考えてはたと気付く。ボクが教室で聞いたのが四つ。ルルーから聞いたのが二つ。てことは最後の一つが存在しない七不思議ってことになる。
「ねえ、ルルーは他に何か知らないの?」
「え?よく知らないけど、今は使われていない聖堂に何かあるって話を聞いたことがあるわ。」
だいぶおぼろげになった記憶を辿るようにルルーが言う。昔聞いたことがあるレベルの話なのだろう。
それだ!とアルルは手を叩いた。それこそ七不思議の最後なのだろう。詳細が分からないことが不思議だから『存在しない』なんて冠がついているに違いない。
「よしそこ行こうルルー!」
「え、ちょっとアルル!?待ちなさいな!」
待ち切れずルルーの手を引っ張るボクにわたわたしながらルルーが歩幅を合わせる。
早く真相を知りたいボクはといえばルルーを気にかける余裕もなくその手を引っ張ってばたばた走り出した。こういうところが子供と言われる所以なのだろうが楽しみなものは楽しみなのだ、仕方ない。

あっという間に聖堂に到着。古ぼけて石で葺かれた屋根に苔が付いているのを見て、本当に使われてないんだ、と実感する。
本当ならこういう所にはそれなりに祀られている神様とかがいたりするんだろうけどな、とは思うだけにしておく。多分もう移築なんかで本体ごとどっかに移っているんだろう。
石葺きの屋根からずーっと視線を下に下ろしていく。同じく石で造られた壁は風化してざらざらのささくれだった内面を見事に表現している。おお、自然という芸術家よ!という無意味な感動はどこかに置いておいて。ボクはそこまで暇じゃないのでご同業の方にお任せします。
木製の扉にはでっかい南京錠がついている。
「アルル、ここに来てどうするの?どのみちここはとっくに封鎖されてるのよ。」
「そうみたいだね。どうしよっかなー。」
まさか封鎖されているとは。さてどうしようか、此処に来てボクの無計画が露見したわけだけれど、正直衝動に任せて突っ走ってきたからなぁ。
と、聖堂の中から音がした。
ごとん、というそれなりに大きな音。
ルルーも気づいていたようで不審な目を建物に向けている。
先程の音が聞こえたきり静まり返ってしまった建物の内部に、誰かいるのは明白。
「ルルー、鍵壊せる?」
おそるおそる訊いてみれば彼女は任せなさい、という表情のまま無言で南京錠を引っ掴み、
「破!」
錠の細い部分を破壊した。
まさか壊せるとは。ルルーの怪力恐るべしである。
そうっと扉に手をつけば、軽く音をたてて動いた。
覚悟を決めて思いっきり、中に飛び込んで―――
「あ、あれ?」
聖堂の中には何故か巨大な鍋が置いてあり、周囲には怪しげな薬草とか動物の干物とかが置いてある。その真ん中で何やら作業をしているのは金髪の少女。
「う、ウィッチ!?」
「おいっすアルルさん・・・ってどうしてあなたがここにいるんですの!?」
「いや、ボクはただ存在しない七不思議を探しに。」
「おバカさんですわね、存在しないことが不思議ですから存在しない七不思議って言われてるんじゃありませんか!だいたい、この学校に不思議を探したら両手の指では足りませんことよ。」
「そ、そうなの?」
「そうなんですわ!だいたいワタクシとてその七不思議にあやかって人が近付かないことをいいことに、ってなんでもありませんわなんでも!」
「まあ、ウィッチのハタ迷惑で不思議なお薬の数々はここで作られていたのね。」
「ええ、そうなんですのルルーさん。」
「アルル、破壊しましょ。」
「それはやめてくださいまし!」
ルルーは聞く耳持たずといった風体で聖堂を壊しにかかっているし、ボクはといえばなんだか拍子ぬけしてしまっている。
不思議の正体なんてこんなものだという自分の考えを改めて思い知らされた気分だ。
いやあ〜ワタクシの実験場が〜とウィッチは泣き喚いていたけれどまあ自業自得だし。
その後ウィッチの私物にされていたとはいえ公共施設を壊したということでボクとルルーは反省文を山のように書かされ。
二度と調べるもんかという決心と共に不思議は不思議のままが一番だということを知った、一夏の思い出。