蝉の抜け殻が地面に落ちていた。
ひとつ、ふたつ。
拾って彼の家に持って行った。木の枝に全力でしがみついてたのは無視した。
白い繊維が抜け殻の中に僅かばかり残っていたので、きっとそのうち自分を取り返しに蝉がやって来るのだろうと思って大事に大事に掌で包んで持って行った。


「そんなもの、どうするんだ」
ころんとテーブルの上に転がった蝉の抜け殻が二つ。
男の家に蝉の抜け殻を持ち込んだ当の少女といえばその問いに不思議そうな顔をして首をかしげ、暫くの後に片方を抓みあげた。
「妄想するの」
蝉の抜け殻はてかてかと光って茶色い色をしている。
空にかざすと一瞬青に見えた気がした。あ、裂け目から空が見えてただけだった。なーんだ。
「この蝉の抜け殻は夏が終わったら植木鉢に埋められるんだ。頭を半分だけ出して、目玉の跡がぴょこんと地面から突き出しているの」
今にも這い出している最中であるかのように。
「そしてボクは蝉の背中に花の種を植えるのさ。毎日大切にお水をやって、毎日大切に日光に当てて。そしたら花は芽を出して茎を伸ばして葉を茂らせて緑色の蕾をつけるんだ」
「蝉の抜け殻も花の成長と同時にどんどん大きくなっていってね、いつの間にか植木鉢より大きくなっちゃう。背中に土を背負って、根付いた花を背負って外を見ている。花は蝉が動いたら足元が不安で仕方ないから蝉にも根っこを伸ばすんだよ。蝉は外ばかり見てるから気付かない。そのうち花で蝉の抜け殻はいっぱいになって、重さに耐えられなくなった蝉はぐちゃぐちゃに崩れちゃうんだ」
何が楽しいのか彼女は片手で蝉の抜け殻を抓んでは笑っている。
「夏の終わりに生まれた花は、気が付くと冬が迫ってきていてね、折角蝉を潰してまでしがみついた生にも終わりが迫るんだ。どちらも生きるために必死だっただけなのに、結局冬が来るから生き残れない」
冬さえ来なければ生き延びたのだろうか。それはないだろう、だって花は自分の拠り所を壊してしまったのだから。
他者をくいものにして咲く花は、寄る辺がなくなればあっという間に枯れてしまう。
「ボクは蝉を壊そうと思わないよ」
だから安心していいの、と少女は花のように笑った。怖気の走るような笑みだった。
陽は暮れかけている。冷めた瞳のままでシェゾは口を開いた。
「もう夏は終わったぞ」
「知ってるよ」
アルルはぷうと頬を膨らませて、それからぐしゃりと抜け殻を握りつぶした。






の残骸