あ、ボク死んだんだ。

頬に暖かい雨が降って、少女は思った。





ヒナゲシの胎児ら
は忘れられた都の娘と共にある





過程と結果を見るならば、比重は比べるべくもない。
過程を知れど結果を知らず、それを誰が望むだろう。いいや、誰も望まない。
過程はこの場で打ち切られ、残ったのは結果だけだった。
それでいい。


暗い場所だった。剥き出しの土壁が湿気を運んでくる。
遠くでなにか生き物の鳴き声がしたような気がする。視界の利かない洞穴の中では何もかも音に頼るしかなかった。
地に伏した少女の頬は冷たい。
微動だにしない体躯の横に蹲る男に、表情はなかった。
真一文字に引き結ばれた唇からはどんな言葉も零れはしない。
ばちばち音がして、悪臭を撒き散らす黒ずんだ物体から上がる炎が揺らめいた。
少女の血の気のない白い肌が橙に染められて、男はつと視線を外した。
地についた手に纏わりつく生温い液体は炎を受けててらてらと赤い。
持ち上げた手で少女の紙のような頬に触れる。
そこだけ赤味の乗った頬は、やはり温かくなかった。
彼女は死んだのだ。
どうでもいいことだと捨て置くには少しばかり時間が経ちすぎていた。
図らずも零れた水滴が、男の心中を代弁しながら少女の頬に一粒、音を立てた。



あ、ボク死んだんだ。
頬に暖かい雨が降って、少女は思った。
液体の流れていく腹は熱くも冷たくもない。
そもそもこの場が暖かいのか寒いのかすら判らない。
死んだんだから当たり前かと嘯いてみる。
音もない。温度もない。匂いもない。触角もないようだ。死後の世界ってつまらない、けれど視覚だけはまだ働いている。
橙の光が明滅しながら辺りを微かに照らしている。
眼前に人形のような顔があった。
表情筋が死んでしまったような顔をした男だった。
雨は間隔を置いて、ほたりほたりと落ちてくる。
ばかだなあ、少女は思考する。ボクが死んだくらいでそんなに動揺するなんて、だめなやつ。
言葉もなく雨を降らせている男の端正な顔が揺らいで見えて
「     」


あれ。


喉を震わせて声が出た。擦れてひび割れてとても言葉にはなっていなかったけれど、確かに鼓膜を震わせて何がしかの声が届いた。暗い視界で男も呆けたように目を見開いている。
「いき・・・てる」
五感は痺れたままだ。体は重い。思考は茫洋として纏まらない。
けれど、いきてる。いきてるいきてるいきてるいきてるいきてるボクはまだここにいるんだ!
強張った口を動かして一連なりの音を紡いだ。
「ヒーリング」
腹から命が流れるのが止まった。
かじかんだ指先がゆっくりと動いた。
近くで何かが燃えるばちばちという音が聞こえた。
何より視界がクリアになった。
血の足りない体をゆっくりと持ち上げれば、あっけにとられた間抜けな男が目に入った。
白い衣服は血で汚れている。
少しばかり頬に残った水滴を舐めとって、
「死んだと思ったの?」
男はぱくぱくと金魚のように空気を食べて、さっと白い顔に朱が差した。
頬に乾いた涙を拭う。
「ばーか」
嬉しくて楽しくて、何も言えずにうろたえる男を思いっきり抱き締めて少女は馬鹿みたいに笑った。


(ねえボクがいなくなって悲しかった?寂しかった?怖かった?)
(だめな奴だねえ)
(本当、ボクがいないとだめなんだから)