陽の差さない室内には薄らと埃が積もっている。
木製の机に指を滑らせれば、一本線が生まれた。
部屋には誰が立ち入った気配もない。
男以外が使用しない家屋は、その主を暫くの間喪失しただけで死の気配を纏わせていた。
ぎいぎい音を立てて揺れる古い木の扉には錆ついた南京錠が揺れて下がっている。
鍵としての役割を知らないようなその様子に、よくも今まで盗っ人が入らなかったものだと歎息した。
もっとも、盗っ人が入ったところで金目のものなど何一つありはしないのだが。
そろそろ潮時か、男はひとりごちる。
居を構えて随分と時間が経った。
ここら一帯の遺跡は既に調べ尽くして、もう目ぼしい物もないだろう。
これ以上留まったところで新たな知識が手に入るとは思えない。
眠り起きるためだけにあるような、簡素な室内を見渡す。
別段持ち去らねばならないようなものはない。
書架で埃を被っている大判の書物は売り払えば路銀の足しになるだろう。
もうこの場所に未練はない。
脳裏にちらと過ぎった影のことは、誰だかさっぱりわからなかった。



「あれ、シェゾだ」
片手を上げてにこにこ笑う少女に男は心底嫌な顔をした。
「どっか行くの?」
黄色いウサギもどきが少女の肩によじ登ろうとする。それに自然と手をかけて肩当ての上に乗せてやる少女らのいたって普段通りの光景に眩暈がして、「ああ」とだけ答えた。
「出会うつもりはなかったんだが」
そ。少女はそれだけ言って で、何処行くの?と無邪気に訊いた。
男は答える言葉を持たない。ただ遠いところだとだけ笑って言った。
「もう会えない?」
「会うこともない」
「一生?」
「そうだな」
ひょっとして彼女は自分を惜しんでくれているのだろうか、と思う。良好とは言い難いがある種の信頼関係を築いていた自信はある。その喪失を彼女は惜しんでくれているのだろうか。
けれど期待虚しくふぅん、と少女は首を傾げて
「それじゃ、さよなら」
バイバイするように手を振った。
「「永遠に、さようなら」」







1×1=0
方程式は成り立たなかった