人の一生を例えると、それは麦であるという。
大地から誕生し、すくすく育って立派な穂を付け、そして老いては地へと還る。
所詮は人間など、一片の風にそよぐしかできない植物だということであろう。

前を歩く少女は男の言葉を聞いて唇を尖らせる。
例えが気に食わなかったのか、と男は訊いて、そんなことはないけれど、と少女は飴色の目玉に男の蒼い目を映した。
「まるで人間が誰かに栽培されて収穫を待つだけの存在に見えるね」
しかも収穫後はどうやっても食べられる運命だ。
アルルは風にそよぐ麦をさらりと撫でて言った。
黄金色に輝く麦畑は丁度収穫期を迎えている。
冬にかかろうかという頃にこがらしがびょうと鳴って剥き出しの肌を滑っていく。
手の中でいくばくかの貨幣を弄びながらアルルは粉挽きの小屋へ向かった。
石臼が擦れ合う音がする。
水路に取り付けられた水車が軋みながら回って、連動して臼が粉を挽く。
小屋の中で忙しそうに動き回る小僧に笑いかけて少女は言った。
「麦の粉を一袋ちょうだい」
ずた袋を両手に抱えた小僧は低い背で一生懸命少女を見上げ、「混ざりものがあると安いけど、どうする?」褐色の肌に伝う汗を拭った。
「小麦がいいな。高くてもいい」
あいよと返事をした小僧は奥に駆けて行って、すぐに粗末な麻袋に入れられた小麦の袋を持ってきた。
「いつもより少なくない?」
「今年は麦の出来が良くなかったんだ」
その台詞は去年も聞いた気がするよ、と少女は口の端だけで笑って汚れた貨幣を小僧に手渡した。
「ちょろまかして親方に怒られないようにね」
「気付かれないようにするからいいんだ」
今度こそ軽い笑い声が空気に弾けた。
小屋の外で一人立つ男が少女の頭に手を乗せる。
「そろそろ行くぞ」
粉挽き小僧がぴゅーうと口笛を吹いて、「また来てくれよな」と言い残して暗がりへ消えた。
「金払いのいい客は歓迎されるな」
「次行った時にまた小麦の量が減ってたら親方に言いつけてやる」
まばらに生えた雑草が土埃に塗れているのを横目に見ては乾いた地面の土くれを蹴り飛ばしながら歩く。
靴に跳ねた小石がころころ転がって畔に落ちた。


白い小麦は柔らかく練られて、台所を粉だらけにした。
銀のボウルに入れられたパン生地を流しの傍に置いて、白く粉の舞いあがった台所に溜息を吐く。
「不器用だな」
「うっさい。慣れてないだけだよ」
練った小麦をひとかけらだけ手にとって水を含ませ、かき集めた小麦の粉を纏めていく。
手伝おうともしない男に恨み言を言いながら、あらかた白い色が無くなったところで少女はどっかと設えられたソファに沈んだ。
「あー疲れた。寝る」
隣の男の視線に頓着することもなく、それどころか不遜にも男の膝を借りる形で頭を下ろした。
男はといえば特に気にした様子もない。変わらず本を読んでいるだけである。
「パンを作ってどうする」
不意に男が口を開いた。
「そりゃあ食べるに決まってるさ」
「町のパン屋でもパンは買えるのに?」
「作りたい気分だったんだよ」
誰かさんに証明したかったんだ、ボクはパンが作れるんだと。
「ああそうかい」
それきり黙りこんだ男に少女はつまらないと鼻を鳴らして、勢いをつけてソファから立ち上がった。
膨らんだ生地を型に入れて流しこんでオーブンに入れた。
程なくして焼き上がったのは小麦と牛乳とバターだけで出来たシンプルなパン。
おそるおそる千切って食べ、出来に満足したかのように頬を染めた。
「パンは食べられるのに石は食べられないんだね」
ふっくら焼き上がった小麦のパンは甘い香りがする。焼き立ての欠片を口に放り込んで少女はそれをゆっくり咀嚼した。
「貴様は似ても焼いても食えそうにないな」
「腹の中に石を抱えているのはお互い様」
少女と男は顔を見合わせてくつくつ笑った。
それを見ていたのは×××である。



石の子供達