生温い紅茶が北風に身震いした。
しゃらしゃら揺れるレースのカーテンは遮光の役目を果たしても風に対してはなんら遮る術を持っていない。
開け放された窓からは容赦なく風が入り込んで、それが室内の温度を見る間に下げていった。
窓、開けてたっけ。
少女はそれを、夢うつつの眼差しで見ている。
季節を称するなら春が相応しい、暖かく差し込む陽光は風に掻き消されるように温度を失っていた。
柔らかく風が吹いて、夜半には春嵐が来ることを予言しているかのようだった。

糊のきいたシーツはよく洗われて白い。
人の温もりが残ったままの寝台の上には誰もいなくなっていた。
つい先程まで寝台に横たわっていた肢体はそこには無く、びょうびょう鳴る風が通っているだけである。
ぺたり、音がした。
ぺた、ぺた。
ひた、ひた。
音はゆっくりと窓へ向かっていく。
ひと際大きく風が鳴って、外開きの窓がけたたましい音を立てて閉まった。
屋内に残ったのは静けさだけである。
ひたり、一度止んだ音が再び聞こえた。
ひたり、ひたり。音は窓に近づくと緩慢な動きで外へとガラス戸を開いた。
外は春のあらしである。
たちまちのうちに風は再び室内を駆け巡り、文机の上の書物を捲っては閉ざした。
音の主であった少女もまた突風に目を開けていられない。
白い夜着が大きくはためいて生白い足に叩きつけるように小枝やら枯れ葉やらが飛んできた。
「シェゾ」
小さく動いた唇が紡いだのは人の名前。
寝待ちの月に照らされた先には闇に溶けるような黒を身に纏った男が嵐の中に佇んでいた。
がたがた悲鳴を上げる窓枠に頓着することもなく少女は愛らしい顔に絵画のような笑みを刷いた。
「どうしたの?」
「血の匂いがするよ」
「怪我したの?」
優等生の笑顔で少女は言う。
「知っている癖に」
「怪我をしたんだ」
「ひどい女がいたもんでな」
嫌悪に歪んだ笑顔で男は言う。
「手当てするよ」
「こっちへ来てよ」
手元にあった救急箱を抱きよせて少女は言う。
男は片足を引きずりながらゆっくりと歩みより、大開きにされた窓に手をかけた。
「準備のよろしいことで」
男が今一歩足を踏み出そうとした瞬間、びゅうと強く風が吹きつけて
ばあん!
外からの風に煽られて勢いよく窓が閉まった。
男は驚いた様子もなくじっと窓ガラスの向こうの少女を見ている。
少女もまた、男を笑顔で見ていた。
驚いた様子もない、予定調和の笑顔。
ふと風が凪いで、男は口元に嘲笑を形作った。
「残念だったな」
それだけ言って懐から古びた地図を取り出すと粉々に破って風に流した。
風に煽られてそれらは何処かへ飛ばされていく。
男は少女を振りかえることなく片足を引きずりながら歩いて行った。
アルルは最後まで笑みを崩さなかった。
ようやく起きたらしいカーバンクルが寝台からぴょこぴょこ跳ねて来るのを見やって、
「次はどうしよっか。ね、カーくん」
吹き付ける風に掻き消されるように小さく笑った。







ひ  と  く  く  り
(首括り 人括り)