「こんな喜劇も滅多にないよね」
肩ほどまである栗色の髪が風もないのに小さく揺れて、少女は飴色の目玉を細めて笑った。
相手は硝子玉のような瞳を宙に彷徨わせたまま、掠れた唇で「なにが」と呟いた。
背格好のよく似た少女である。
同じような栗色の髪をして、同じように青を基調とした衣服に身を包んで。遠目に違うのは地べたに伏せているか否かだけのように見えた。
地べたにごろりと寝転がる少女は赤い血を流している。
ぽたぽた滴る雫はいずこかに吸い込まれていくようで、とめどなく流れ出しているというのに血だまりは出来ていなかった。
焦げた茶色の瞳は焦点を合わせていない。
肌は血の気を失って紙のように白かった。
ひゅうひゅう鳴る喉だけが、まだ少女が息をしているという証明のようだった。
「ね、キミ生きてる?まだ生きてるよね。でも死んじゃうんでしょう?仕方ないよね。台本通りのお芝居なんだから」
「おしばい」
「そう。キミ、ね。ボクらから何て呼ばれてるか知ってる?『創造主』だって。キミが狂うから世界がおかしくなるんだって」
「・・・しらない」
「うん、知ってる。どうせ嘘なんだろうなって思ってた」
くくく、と少女は喉の奥で笑い声を噛み殺した。
ああ、あの魔王の哀れっぽい声といったら!何度繰り返したか知らないけれど、生憎ボクはお涙頂戴な美談に疑念を抱いているもので。
「人間一人死んだくらいで、世界は壊れないよね」
ちょっと考えれば判りそうなものだけど、さも本当かのように言うんだものな。
天井も壁も床も白い場所。
ただここで自分たちだけが色を持っていた。
「発狂しそうな部屋」
「そうだね」
囚人が入れられるような白い空間に辟易して色に逃げた。
「キミは誰を殺したの?」
柔らかい茶と肌のコントラストに目を和ませながら訊く。
視界の端ではぽたぽた血が垂れて行き、これは何処へ行くのだろうとぼんやり思った。これも彼の小道具にされるのだろうか。
「よくにたひとを」
形のよい愛らしい唇が、しかしノイズのような聞き取りにくい声を出す。
やっぱり、と少女は呟いて
「趣味が悪いね、最悪だ」
ここにはいない誰かを心の底から罵った。
魔王はこの喜劇をどこから眺めているのだろうか。自分の暇を紛らわせるためだけにこんなにも壮大な寝物語を作り、聞かせ、信じさせ。手の込んだこと、と少女は呆れた振りをした。
地に伏せる少女の呼吸がだんだんと弱くなっていく。
いよいよ最期が近いのか、とその顔を覗きこみ柔らかな髪を撫ぜた。
「もう死ぬんだね」
「うん」
「最期に名前、教えてくれる?」
「なまえ?」
「そう。ボクはアルル」
「■■■」
困惑したように息を吐きだした後、掠れてひび割れた声が小さく何がしかの音を紡いだ。
「■■■?素敵な名前だね」
「・・・ありがとう」
強張った顔で懸命に笑おうと口の端を動かして、けれどもう命が流れ切ってしまったのかついぞ表情が変わることもなく少女は目蓋を閉じる。
肢体は投げ出されてそのままだった。
そのままだった。
「なんて滑稽な喜劇なんだろう」
少女は唇を歪めて死体が腐りゆくさまを見、次の番を待つことにした。


つぎは ぼくの ばんだから


今日も世界に雨が降る。







終末、、観客のいない舞台にて
(舞台はとっくに幕を下ろした。ただカーテンコールが鳴り止まない)