足元で水音がする。
暗い洞窟内でそれは跳ねることもなく、ただ自重に任せて落ちた白い靴に踏みしだかれた。
歩く度ぴしゃぴしゃ音がする。
洞穴内はむっとした臭気がたちこめており、生温く纏わりつく湿気は不快の一言。
背後でことさら大きく水が跳ねた音がして
「アルル?」
誰もいない暗闇に問いかけた。
答えが返ってくることはない。
訝しんだ後に彼女がここにいることはないということを思い出して溜息を吐いた。
先日ふらりと少女は消えてしまったのだった。
じゃ、行ってくる。の言葉と共にあっけなく。
まるでお伽噺のようとルルーは笑い、まるで滑稽な悲劇のようだとサタンは嘆いた。





「悲劇?」
どこが、と少女はかの魔王の言葉を笑い飛ばした。
大理石で出来た床は天井を映すほど磨きこまれている。二組の男女が明るい吹き抜けのロビーに佇む光景が、白黒のまだら模様に映っていた。
青い髪の女性は穏やかに笑みを浮かべ、緑の髪の男性は悲しみに顔を歪め、栗色の髪の少女は嘲笑に口の端を形作り、銀髪の青年は表情を無くして俯いた。
世界は滅びるのだ、とよく出来たシナリオを聞かされた少女は「これは喜劇じゃないか」
シェイクスピアも顔を顰めるような、とっときの喜劇だ。
苦虫を噛み潰したような顔で魔王は哀れに嘆く。
「私にはわからないのだよ、どうすれば世界が壊れないのか」
「年だけ重ねた子供のようだね、キミは」
いいや、もう。
少女はにこりと口だけで笑んで「どうせ舞台にあがるのは二人だけなんでしょう」
ボクと、そしてもうひとり。
魔王は無言をもって肯定とした。
「誰にも見られないお芝居はつまらないね」
そう少女は笑ったのだった。





水気に当てられたかのような軽い酩酊感を振り払い、ようやく抜けた洞穴の外は雨だった。
けぶる視界にうんざりしながら傘を差す。
ぼたぼた落ちてくる雨はこれで何日目だったろう、最早数えることも放棄した。
雨は侵蝕するように辺りを染めていく。
人々は恐れをもって雨を見る。いつ降り止むとも知れない、いつまでも降り続けるとも知れない雨を。
雲ひとつない青空の広がる世界に赤い雨。
ぽたりと掌に落ちたそれはどろりと粘性を持って線を残しながら落ちて行き、僅かな鉄臭さが鼻についた。
世界は今日も血を流す。
雨の止む日が来るとしたら、その日は世界が終わる日だ。









終末、傘、い雨の降る日に
(観客は今日も傘を差す)