「好きな人がいるんだ」
アルルへの想いを自覚して早数ヶ月。他の誰にも奪われたくない思いから自分のプライドを捩じ伏せて必死の告白を行った彼に返ってきたのはその言葉だけだった。
薄い赤を呈した頬が健康的に色づいて、瞬間シェゾは目の前の少女を縊り殺したい衝動に駆られる。
しかし続けられた言葉は男の衝動を遮った。
「だから、その、ね。同棲しよっか」
ふふ、と嬉しそうに幸せそうに笑むのは確かに今しがた好きな人がいるのだとそう言った少女で、シェゾはなるほどとひとつ頷いた。




 
ピ エ タ




「似た者同士、丁度いいわね」
ルルーは開口一番そう言ってのけた。
二人が同居を始めたその次の日のことである。
大してものを持っていなかったアルルが越してくる形で落ちついた現在、真っ先に扉を蹴り壊す勢いでやってきたのが彼女だった。
「過保護」
「あらいやだ、空耳かしら」
わざとらしくそらとぼけるのに男は肩を竦めた。
友人が訪ねてきてくれて嬉しいのか少女は先程から笑顔を絶やさない。
「それにしてもルルーがシェゾの家に来るなんて不思議な感じだな」
「私だって来たくて来たんじゃないもの。仕方なく、よ」
向かいの男には一片の視線もくれずに女は泰然と笑って
「でも良かったわ、あなたが幸せそうで」
柔らかな栗色の髪を撫ぜた。
くすぐったそうに首を竦める少女は幸せに溢れたような笑みを幼い顔に刷いた。
またね、とルルーが手を振る時までシェゾは蚊帳の外だった。女二人集まればお喋りに花が咲く。苦手分野だということは自覚していたので口を出すことも関心を向けることもしていなかったため会話内容をさっぱり把握していなかった。
「何を話していたんだ?」
一匙程度の好奇心でドアを閉めて戻ってくるアルルに声をかけた。
「え?ああ、そりゃキミのことに決まってるじゃないか」
キミがいつも無愛想なこと、いつも書庫に閉じこもっていること。指折り数えていく姿に頭痛がした。
「なんだ、お前不満でもあるのか」
「あるわけないじゃん」
でもね、女の子は愚痴って名前の惚気を言いたい生き物なんだから。
くふふと声を漏らした少女は嬉しそうに男に抱きついて笑った。
「オトコノコは甘い台詞の一つでも言えなきゃモテないんだって」
一生放さないとか、誰よりも好きだとか、そんな台詞。
「なんだ、お前オレにそんな台詞言って欲しいのか」
「いや別に。キミがこんなくっさい台詞言うところなんて想像つかないし」
「ほう、それならあえて言ってやるとするか」
小さな肢体を前から抱き締めてそっと耳元に口唇を寄せて囁いた。
「アルル、オレにはお前がいればそれでいい」
「うわ恥ずかしい!」
きゃーっと耳を押さえて顔を真っ赤にする姿はあまりにも可愛らしかった。
シェゾの腕の中という小さな世界できゃあきゃあ身悶えしてからお返しとばかりに男の首に手を回して破顔した。
「ボク、今幸せだよ」
小鳥が囀るような声が男の耳をくすぐった。

室内には光が溢れている。
飽和した明るさは一片の暗がりさえ寄せ付けないような、潔癖な印象を与えた。



風が質素な窓枠を通り抜けた。
斜陽に揺らいだ影が夕方を示している。
「シェゾ」
玄関先でごとりと音がして、少女はドアを開ける。
土埃で汚れた黒服が微かな風にたなびいて「今帰った」と男が口を開いた。
「遺跡盗掘の進捗は?」
男が椅子に座ったのを見届けた、その後に飛び出した言葉。
「何日も離れていた相手にかける言葉がそれでいいのか・・・」
ぐったりと脱力した姿に「はいはいお疲れ様」と笑って泥だらけの外套を洗濯籠に押し込んだ。
とたとた戻ってきて再び向かいに座る。
「旅先で行き倒れてたらどうしよう、とか考えなかったのか貴様は」
「全然」
これは信頼の証か、本当に心配されていないのかさんざ迷った挙句シェゾは溜息と共に言葉を吐きだした。
「オレ達は恋人同士じゃないのか」
あはは、と少女は声をあげて「違うよ」否定の意を示した。
「ね、キミはボクと恋愛ごっこがしたいの?」
お望みならそれでもいいけどさ。にこりと少女が相好を崩す。それに男はゆるゆる首を振って答えた。
「いいや、お前がオレから離れなければそれで」
十分満足だ、の言葉は 言うと思った、との嘲りに遮られた。
「ボクがキミといる理由、教えてあげようか」
樫のテーブルに肘をつく少女は向かいに座る男を見上げるように顎を上げて
「ボクが、絶対にキミを好きにならないからだよ」
そう言ってチェシャ猫のように唇を嗜虐心に歪ませた。
似た者同士、丁度いいわね
ルルーの言葉が脳裏に蘇って苦笑が零れる。
きれいに笑う少女の柔らかな髪を撫ぜて
「愛している」と嘯いた。
「うん、ボクもだよ」
幸せな二人は愛に溢れていた。傲慢と憐憫で形成された慈愛と盲目的な執着に塗り潰されて、ただそこには幸せだけがあった。