ちゅ、と音をたてて唇が離れた。
強く吸い付けられて痣になるかと思ったけれどそうでもない。
うっすら赤味が増したような、そんな色がぼんやり手の甲に浮いていた。
御伽噺の騎士はこんな口付けを姫君に落としたのだろうか。
ああだけどアタシはお姫様なんかじゃないし跪いている相手だって女の子だ。
「変なの」
勝手に言葉が飛び出した。この状況を、手の甲ではあるけれど同性にキスされているという状況を否定しなきゃいけない感じがして。
「ラフィーナ、御伽噺の騎士様みたいだよ」
「あら、御伽噺は嫌いだったかしら?」
「あんまり」
御伽噺の中には夢が詰まってる。
けれど実際には虹色の雲なんて浮かんで無いし、魚はちゃんと海を泳いでいる。王女様も騎士様も遠いどこかにしかないような話。
夢を見るのは楽しいけれど、見続けるには疲れてしまった。
「アタシ、もうそんなに子供じゃない」
真っ赤な帽子が悲しそうに揺れた。
右手はまだ拘束されたまま。
「これは嫌がらせですわ」
ぎゅう、と口付けた手を握って彼女は言う。
痛いくらいに握られた手。
「はなして」
思わず顔を顰めた。
「あなたなんて大嫌いなんですもの」
すっくと立ち上がった彼女は苛烈な色をした瞳に嫌悪感を滲ませる。
離された手はもう痛くない。代わりに強い色をした視線が痛かった。
「アタシ、今どんな顔してる?」
「ひとごろしみたいな顔してますわ」
泣かない代わりに笑ってみせた。
あなたも大人になるのねってお嬢様然とした少女が憮然として呟いたので。
うん、そう。アタシ大人になるんだ。
痣が浮かび始めた手の甲をそっと撫でるとぼんやりと痛みが追ってくる。
跡が残ればいいな、と花弁のような痣を見た。





手の上ならば
尊敬のキス