焦げた色をしたアスファルトが濡れているかのように霞んで揺れた。
あ、逃げ水。




自殺志願




買い物という名目で普段から外に出ない連れの男を引っ張り出した。
飾り気のない青のワンピースに白レースのカーディガンを羽織り、淡い色のミュールをつっかけただけの格好。
シンプルと言えば聞こえはいいが、あれこれ選ぶのがただ面倒になっただけだ。
「今日はあっちのスーパー行こう」
それなりに田舎なここらはそれなりに都会でもある。スーパーが無暗やたらに乱立する程度には。
「ね、シェゾは夕飯何食べたい?」
「カレー以外」
じゃりじゃり音をたてる、舗装の剥がれかけたアスファルトを蹴って歩く。
遠くの信号は青を示して、ぞろぞろ歩く人間の群れが川を渡っていくようだった。
ちか、青信号が明滅を始める。
少し駆けだして、止めた。間に合わないことは目に見えている。
ちかちか点滅した信号機は目と鼻の先で赤に変わってしまった。
「ついてないな」
「本当に」
この炎天下に信号待ちなんて、ついてない。
人混みの中では息がしづらい。
があがあ目の前を走る車は赤やら黒やら原色を残像に残して過ぎて行く。
はやく信号、変わらないかな。
意識が茫洋として定まらない焦点がただ遠くの赤信号を認識した途端、ゆらりと陽炎が立って現実が遠ざかった。
赤。
もっと鮮やかな赤を覚えている。もっと暗い赤を覚えている。
急激に狭まった視界の遠く遠く、誰もいない場所に赤がある。
明度の落ちた風景が、まるで絵画のように現実感を損ないながら黒の中に沈んでいく。
雑踏も車の行き交う音も耳にはもう届いていない。ただ赤の真ん中にひとり立つ「ボク」がいるのが見えた。
あかい、あかい。
年端もいかぬ少女の周囲にはばらばらに千切れた肉片が散らばっている。
青と白を基調とした服にもべたりと赤が色をのせていた。
俯いた背中が恐ろしくて、ぼくは一歩分だけ後ずさる。
ちゃぷん、足元で水音が聞こえたような、そう知覚した瞬間すうと少女が頭を上げた。
ふわりと血の匂いを纏わせてこちらを振り向いた少女はぎらぎらとした生を望む金の瞳をかちりとぼくに向けて、無表情のまま手を伸ばした。
ずる、足が擦れる音がする。びしゃりと地面に打ち付けた血濡れの布切れが重そうに赤い足跡を残した。
生きる、生きたい、生きなきゃ。小さく愛らしい唇が言葉を紡ぐのが見える。
金の瞳はまだぼくを見ている。
その細っこい腕が届いて伸ばされて指が曲がって触れられて「生きたいから」ぱくりと呼吸音「殺す」首を、絞め―――
「おい!」
雑踏が戻ってきた。
隣に立つ背の高い男の顔をしげしげと見て、小さく小さく呟いた。「ボクに殺されるかと思った」
よくよく見ればもう赤はどこにもなくて、青に変わった信号に慌てて白線に足を乗せた。
流されるままに足を進める。人の流れに沿うのはとても簡単で、逆らうのは無意味だ。
高い高い空から太陽が監視している気分になるほどにその視線が痛い。
隠れるように日陰に飛び込んで、肩で大きく息をした。
「自殺でもする気だったのか?」
「・・・ううん。」
ボクは今も生きたがってる。
そのためなら、きっと自身を殺すことも厭わないんだ。
「自殺なんて、しないよ。」
ゆるりと上がった口角から微かに声が漏れた。
ただボクに殺されるだけ。
白昼夢を見てたみたい、と笑ってみせたら
脱水症状一歩手前、とペットボトルを押しつけられた。