荒涼たる地がある。
荒んだ風の鳴る空がある。
彼女はその地に一人きりだった。
以前は気の合う仲間と共に旅をしていたが、今はただ一人。
『彼』と決着をつけるために彼女はここにいる。それ以上でもそれ以下でもなく、ただそのためだけに彼女はそこにいた。
それはすなわち今彼女を支配しているのは『彼』の存在というそれだけであり、それ以外は彼女にとってさらさら意味を成していなかった。
例えここが一面の花畑だったとしても美しい森林だったとしてもこれから起こるのは血なまぐさい闘争であり、殺しあいであり、生存競争だった。
荒んだ世界はそれを醜く引き立てるだろう、好ましい舞台演出だと彼女はまばたきをひとつ、落とした。
「アルル」
耳に馴染んだ声が空気を打った。
わざわざ声をかけるなんて、義理がたい奴なんだから。
ゆるりと声のする方を向いた。うすらと上がった口角は隠しようがないが、そもそも隠す気はない。
「やあ、久し振りだね。シェゾ。」
声は僅かに歓喜に揺れていた。会えたこと。顔を見れたこと。名を呼んでもらえたこと。
けれどこの逢瀬は同時に互いを殺しあうためのものでもあったから、彼女は少しでも長くその瞬間が訪れませんようにとこっそり願った。
どちらかが死んでしまうのは、仕方ないことだけれど。
「キミは相変わらずこの世界の存続を願っているの?」
「そういうキサマは、変わらずこの世界を壊そうとしているのか?」
ただの確認作業じゃ、意味ないねとくすりと笑うと、同感だと男も顔を歪めた。
「意見は未だに平行線、か。仕方ないねこればかりは。」
「世界の崩壊を防ぐにはキサマを殺すしか手はなく、世界を崩壊させるにはオレが邪魔だ、そうだろう?」
「まさしく、だ。」
くくくと喉の奥で笑ってから、「それなら」
「どうする?」
「殺しあおうか!」
この世界の最果てで。


あつい、と彼女は思った。
あつくてあつくて焼け爛れてしまいそうだ。
周囲は自分と彼が放った魔法で既に火の海と化している。
僅かに頭を覗かせていた下草が焼け焦げて、次から次へと焔に変わっていく。
眼下にはしろいキミの顔。
汚れて煤けた、けれど綺麗なままのキミが。
殺さなきゃ、殺さなきゃボクの目的は何時まで経っても成就されないままになる。何時まで経ってもキミに邪魔され続ける。
それはボクが望むことじゃない。だから一刻も早く、でも、
「嫌、だよ。」
ぽたぽた雫のように言葉が重力のまま流れて行く。
「キミを殺したくなんてない、キミとずっと一緒にいたかった!」
「アルル、オレを殺せ。」
「わかってる、わかってる!でも嫌だ、嫌なんだ!」
ひぐ、と喉が引き攣れて声が上手く出ない。
なんで、なんでこんな。どうしてボクが、どうしてキミが?
こんな理不尽な世界なんて、
「世界なんてなくなっちゃえばいいのに・・・!」
すらり、とシェゾが剣を抜いた。動作はどこか緩慢なままで、その剣先にはボクを傷つける意思は宿っていない。
「アルル」
優しく男が言った。今までで一番優しい顔で声で。
残った力を振り絞って透明な剣の刃先を自分の首にあてがって、残った片手で彼女の小さく細い手を柄にそっと添えさせた。
「殺せ。」
「や、だ・・・」
ずる、と剣先が逸れる。頸に一本赤い線が引かれた。
手を離そうともがくものの、男の手にしっかりと握り込まれていて離せない。
「いやだ、ねえやめてお願いやめてよ!」
ずぐりと剣先が皮膚を突き破る。
男は安心したように顔を綻ばせた。
「やだああああああああああ!」
叫び空しく刀身がずぷりとめり込んで、そして彼女は呼吸をしなくなった彼に茫然と目をやった。
その世界の最果てで、世界はそれをただ見ている。





「ああ、なんということでしょう!こうして愛する二人は引き裂かれることになったのでした。」
身振り手振りを交えながら少女は朗々と節をつけてうたった。
で、と向かいにいた男がようやく本から顔を上げる。
「いつまでロミジュリまがいの寸劇ごっこを続けているつもりだ?」
つい先程まで自分が殺される話を延々聞かされていたとは思えないほどに無関心な声だった。
それに まったくキミは情緒ってやつを胎内にでもおいてきたんじゃない?と少女はけらけら笑う。
ちらりとそちらを見やった男は嘲るような口調でそれにしても、と口の端を歪めた。
「お前はそんなにもオレのことを愛していたのか、そりゃあ初耳だ。」
相対する少女はさも嬉しそうにふふ、と声をあげて
「やだなあ、ごっこだよこれは。」
と愛らしく言った。
あくまでごっこで話は終わる。だって、ねえ。
ボクはキミのことを愛しいなんて思ったこともないし世界と天秤にかけろと言われたら間違いなくキミを捨てるからこのお話は成立しないんだよ。
暗に「キミはいらない」発言をされた男はそれでも別段何かを感じた風でもなく
「それは正しいな」
とだけ言った。
さて何に対して正しいのかは一切言及することはなかったが。






ABCで糾弾

まったくもって酷い話だと少女は自分の語った物語を自分で批判した。
成立しないお話の中で、
それでも希望をほんの僅か発露したのは彼女だったのに。
(それは結局届かなかったのだけれど)