思い出しかない。
思い出にしかない。
夢しか見れない。

おぼろげな記憶のその中に浮かぶ影。
夢で彼の背中を追いかける。
ああ初恋なんて実らない。
モノクロ世界の中でありありと浮かぶ影がひとつ。
待って。声は出ない。
『     』
代わりのように何かが喉から飛び出した。
『      』
覚えていないんだ、何を言ったのか。シナリオ通りの上演を繰り返す夢。観客が一人だけなのは虚しいね。
笑う。顔も。思い出せない。
笑ったことだけ覚えてる。それに怒ったことも覚えてる。
『ぜったいまけないもん』
そうだね。負けられないね。
いつだって同じ。繰り返し繰り返し、擦り切れたテープみたいに徐々に消えていく記憶だけが時間の経過を物語る。
どんな魔物が出たんだっけ。どうやって倒したんだっけ。
擦り切れた記憶は知らぬ存ぜぬの一点張り。
ノイズが混じった景色が飛ぶ。魔物の商人の店がある。かべを作って進んだ。散らばった骨の下に魔導書がある。前後した記憶がごっちゃになった。
ゴーストに憑かれて、こうずいつぼから水が溢れた。
水が溢れて、天井に穴。それでそれで。
『あー、にくたらしいカミュだ』
ぷつん、と視界がクリアになった。
相変わらず白黒の視界。ざらつく壁に手をついて背の低いボクが倒れた少年を見下ろしている。
『なにしてんだろ、こんなところにころがって』
怪我、してる。イリュージョンでも怪我するんだね。それともこれも幻だったのかな。試験の一環だったのかな。
わかんないや。
『ねぇ、おきてよ!』
何があったんだろ。恐ろしい魔物がいたの?
それともドジっただけ?
ボクの試験のために演技してた?
『ヒーリング』
暖かい光。今も昔も変わらない光。
あの光がキミを癒せたと、自惚れてもいいかな。
意味がない、のはやっぱりちょっと悲しいもん。
『はやくにげとこ』
逃げなくていいのに。ここにいようよ。彼が目を覚ましたら大丈夫?って笑って。きっと照れ隠しに怒られる。けどそれも笑って受け流して。それから。それから。いっぱい。話したい。ことが。
あったのに。
幼いボクは走って走って、彼が見えない場所まで走って。

もう 誰も いないや

誰もいないね、でも進まなきゃ。
頑張って卒業するんでしょ?
白黒の画面がノイズ混じりになり始めた。
ウィザードがらっきょうをくれて、またカミュに会って、カミュの部屋がダンジョン内にあるなんて変なの。温泉で怒られてお金持っていかれて、漬物石は捨てようかな。
ざああああああ・・・
曖昧な記憶が足を止めない。
幼いボクはそれが正しい道だと知っているみたいにすたすた歩いて行く。
ボクが知らない道を迷いなく歩いて行く。
はっきりしない壁。床。天井。
これはボクの記憶が曖昧な証拠だろうか。
手紙、そうだ手紙があって。もう一度塔を昇る。
何度も行ったり来たりを繰り返したんだっけ。
硬質な石畳をブーツが叩く。ざあざあ鳴る音。ああ、もうすぐだ。
そっちに行っちゃ、いけないよ。
でぐち。
ボクの顔が綻ぶ。
それがつかの間だと知っているこの身にとって
『おめでとう』『合格おめでええぇえ』
幻の祝福は
『うげぇえええええええ』
呪いみたいだ。
何度も何度も見る景色。ここだけは記憶も鮮明だ。
ご丁寧に色までついて、ああもう慣れたよ。さっさと終わらせてしまいたい。
どうせ幻なのに。
どうせ現実じゃないのに。
『怖い』
そうだね、とても怖かった。
『気持ち悪い』
どうしてあんなものを見せたのかな。
『皆あいつにやられちゃったの?』
幻なんだよと幼いボクに伝える術はない。
『怖い』
怖いね。
『嫌だ』
出来ることなら逃げ出したかった。
『怖い』
『怖い』
『怖い』
大きく膨れ上がる腐った体が天井にまでつっかえる程になって
絶望と恐怖に塗り潰された意識がノイズ混じりにボクを見た。
これは過去だから、夢だから。ボクには何も出来ないよ。
『あぶないっ!』
なんで 出てくるの
傷ついて欲しくないのに。
ねえ、ボクの夢の中でさえキミはお節介のまんまだね。
ほら、弾き飛ばされて気絶しちゃった。
知らないことは夢にも見ない。だからキミがどうやっていなくなったのかボクは知らない。ただ、
『カミュ!』
振り向いたらいつだって、キミだけいない。
ねえどうしていないの?
これは夢なんでしょう?だったら出てきてよ。元気に笑って大丈夫だって励まして。せめて夢で逢いたいよ。
いつまで、こうしていればいいのさ。
頬の冷たい感触に目が覚めた。
月光が柔らかく辺りを照らしている。ここにあるのは成長したボクだけだ。
他には何もない。足元の硬い石の感覚は板張りの床に、指先に触れるざらつく煉瓦は白い柔らかなシーツに。
頬を伝う冷たい滴ばかりが今の夢を知っていた。
思い出だけ、じゃ
「苦しいよ。」
もういない、って。嘘ばっかり。知ってるよ、大人は優しく嘘をつくんでしょう。
今何してる?まだあの塔の中?何人の卒業生を見送ってきたの?
ボクのこと、覚えてる?
会えないね、会えないな。仕方ない。ボクはキミを覚えてる。キミはボクを忘れてて。
お願い。
「忘れないで・・・。」
自己満足な恋なんて叶わなくて当然だから。
ぎゅう、と白いシーツを皺になるほど握った。