随分と暴力的になったものだと男は思った。
相変わらず細っこい体。女性らしい丸みは帯びているもののどこか幼さが抜けきっていないのはやはり言動が幼いが故か。
さっきから「背が伸びた!」だとか「髪長い!」だとか「バスト増えた!」だとか一部おおっぴらに言ってはいけないようなことを大声で喚きながら自分の姿を確認中、らしい。
「だいへんしん」ルールにより変わった姿にこうもはしゃぐとは。
中身はお子様のままらしい、と溜息をついた。
「おいこらアルル、もうその辺にしておけ。」
少しばかり変わった自分の声に違和感を覚えるものの、慣れてしまえばどうってことはない程度。容姿だって驚くほどには変わっていない。
それでも彼女には大きな変化らしく「シェゾもでかい!」今更気がついたかのようにまじまじと顔を見られた。
大人っぽくなってる!やら襟足も伸びたんだねーやらひとしきり騒いだ後くるりと前に回った少女は相変わらずの調子のまま声をかける。
「ねーねーシェゾー」
「・・・なんだ。」
いささか不機嫌な声になってしまったのは仕方がないというものだろう。
目の前の少女がとても真面目な顔をして
「殴っていい?」
と言う言葉を放つことを知っていたならもう少し丁寧に対応してやるかと考えていただろうに。
まさかそんな言葉を言われるとはこれっぽっちも予想だにしていなかった。
「は?」
思わず止まってしまった反応を見逃さないとでも言うかのように拳が飛んできた。
ごつりと骨が合わさる音がする。
それなりに鍛えているが、いきなり顔を狙われればたまったものじゃない。
油断していたせいで甘んじて受けた一発、けれど次に繰り出された蹴りは寸でのところで止めることが出来た。
「なんで止めるのさー」
急に暴力的な行動に出た目の前の少女はどうして止められるのか理解していない様子で頬を膨らます。
冗談じゃない、みすみす殴られてたまるかと男は逃げの一手。
まさか好き合っている相手を殴るだなんてことできるはずもなく、ひたすら避けることに専念する。
魔導を使わないところをみると戦いたい訳ではなさそうだが、それにしたって真意が読めない。
くぅ、と獣のような呻きが漏れたと思ったら真下から腕を繰り出した少女が次に狙ったのは首元。
がつりと掴まれてよろめいた隙に空いた右腕が渾身の力を込めて目蓋の上を狙って振りかぶられた。
二人してもつれあうように草原の上に倒れ込む。先程の勢いそのままなので当然のようにシェゾは後頭部を地面に打ち付けて、アルルはその上に覆いかぶさる形となる。
ふーっと大きく肩で息をして呼吸を整えてから少女は一言。
「大好き。」
「青あざつくほど殴った後にその台詞はいただけないな。」
そうお?先程とは打って変わった笑顔でぎゅーと抱きつく少女は最早男の理解の範疇外にあることは間違いない。
「しょーがないじゃん、好きなんだから。」
「まったく理解できん。何故こんな真似をしたのか簡潔に言え。」
身を起こした男にぎゅむーと音がしそうなほど両のほっぺを抓られてひゃんひゃんないた少女はふらふら彷徨う視線のままに言い訳がましい語句を吐いた。
「ほら、えっとー殴りあってお互いをわかりあうーみたいなやつ?」
「それは男同士の場合でお前は女でそれ以前に殴るな。」
「え。無理。」
(だって大人のキミは綺麗なんだもん)
あっけらかんと言うのに何が何やらわからないといった表情をする男を少女は愛おしそうに見つめた。
ぺたりと地面につけた足が冷たく刺さる。
(ボクなんかが隣にいていいのかわかんなくなるくらい綺麗なんだもん)
なんだ、と先程思いっきり打ちつけた後頭部を摩りながら不信気に訊くその視線に
(ちょっとぐらい汚れてろ、馬鹿野郎)
なんでもないよ、と笑って腕の中に顔を埋めた。