キミのことは心の底から嫌い。
なぜ?って拉致監禁されたあげく殺されかけてどうして好きになれるっていうのさ。
ボクは自分に正直だから好きな人はとても大切にするし、嫌いな奴はどうだっていいとさえ思っている。
過激だなんて心外、ただ素直なだけだよ。
そんでボクの目の前にいるこいつのことがボクは嫌いで、いっそ死んでしまえばいいと思うくらいには憎くて、けれどそんじょそこらの奴にやられるほどやわじゃないことも知ってる。
だけどさ、
「なんでまだ生きてるの。」
ボクはこいつが生きていることを確認する度に溜息を吐くことしかできない。
もう十数回目になろうかという戦闘。
最初の数回は追ってこれないように止めをさそうとした。
斬ったり燃したり凍らせたり、様々な努力をしたもんだ。だけどやっぱりこいつはけろりとして追ってくる。
よくよく考えれば首がなくなっても死なないのだから生半可な傷をこさえてもこっちが疲れるだけだということに気がついてやめた。
そのうち諦めるだろう、そんな希望が叶うのは当分先のようだと気付いた時には思い切り嫌な顔をしてやった。
もう今では煤塗れの姿を眺めることしかしない。
これって日和ってるってこと?
思案するのも嫌になって煤まみれの腕を掴みあげた。
「そろそろ起きなよ。」
さっぱり返ってこない反応に
ひょっとしたら死んでるんじゃなかろうかという考えが浮かぶ。
まさか、そんな筈はない。だってこいつは殺しても殺しても死なないし、今までだってそうだったじゃないか。
気絶しているか狸寝入りか。後者なら叩きのめしてやる。
掴んだままの腕は暖かい。
脈は・・・よくわからない。
「死んだの?」
応えはない。
掌に感じるなまぬるい体温に嫌気がさす。けれど離すことも何故だか躊躇われた。
嫌だな、こんなの。死ぬならそうとはっきり示してくれればいいのに。
キミが生きているならまた口汚く罵って、死んでしまったなら雀の涙ほどの同情をかけてあげるのに。
どっちつかずの体温。どっちつかずの態度。

ああ、嫌い。

ああ、嫌い。

思考の深みに嵌りかけ、掴んだ腕を思わず落としてしまいそうになった。
そのまま手を離せばいいのに。そうできない自分がよくわからない。
先程より幾分か下がった温もりに、
「生きてるんなら、返事くらいしようよ。」
思わず零れた声色が少し寂しい色をしていたのに気がついた。
あれ、ボクはこいつに生きていて欲しいのだろうか。
そんなわけない。
そんなわけがないのだ。
俄かに騒がしくなった日常を好きになりかけていた事実を黙殺して、ぴくりとも動かない男を改めて見やった。
うつぶせに突っ伏した格好のままでは呼吸を確認することもできない。心臓の鼓動を聞くこともできない。
けれど今しがた終わった戦いに体力のほとんどを持って行かれた少女には男の体をひっくり返すというのは重労働で、ただ目を覚ますのをじっと待つことにした。
地面は冷たい。
風は痛い。
こいつはまだ目覚めない。
ヒーリングでもかければいいじゃないか、そしたらきっと目が覚める。
自分の考えに首を振る。だって癪だ。
それはとても癪なことだ。
そんなことをしたらバレてしまう。ボクが魔導でキミを助けようとしたことがバレてしまう。
助けよう、なんて。
そんなのまるで、ボクがキミに生きていて欲しいようじゃないか。
そんな意思表示なんてごめんだ。
そんなことをするくらいならいっそ、
いっそこいつなど―――
「起きてよ、シェゾ。」
初めて舌にのせた言葉は、少しだけ甘やかな香りがした。

いっそう大きく風は吹き、暮れなずむ陽が暖かい空気を連れて沈んでいく。
肌をさす寒さにぶるりと体を震わせた。
これからどうしよう、このままっていうわけにもいかない。
うんうん悩んでいる間にもじわじわと空は藍色がかっていく。
ぼうっと橙の光が遠ざかっていくのを見つめて、
「え」
不意にしゃがんだままだった体勢が崩れるのを頭の片隅で感じた。
左腕に感覚。強い力で掴まれ引き寄せられたまらずバランスを崩して倒れこんだ、目の前にはつい先程まで生死すら不明だった敵。
にやりという表現が的確に当てはまる表情をもってして厭味のような言葉を吐きだした。
「殊勝なことだ、オレに力を奪われるために留まるとはな。」
彼女はといえば近すぎる距離にも、不意をつかれたことにもなんら反応せずただぱちくりと大きな眼を瞬かせて
「死んだかと思った。」
「それがどうした?」
お前ならオレが死んだとて気にも留めないだろうに。
うん、まあそうなんだけど。少し言い淀んでからなにやら考え込むフリをして、
「流石に寝覚めが悪いから、死んでたら埋めようかくらいは思ったんだけど。」
死んでなかったのか、そっか。
はにかむように笑った。
「死んでいなくて残念だったな。オレがそうそう諦めるものか。」
不敵に言う男に
「うん、ほんっとーに残念だよ。」
いつもと同じ台詞が嬉しくて、唇を尖らせてバレない程度に声を弾ませて答えた。