窓は小さい。
光が嫌いなわけじゃないけど、あまり人に見られたくない思いから窓は小さく高い場所についている。
人は多い。
大都会の真ん中だとか、そんなわけではないけれど記憶の中よりずっと多いから辟易しそう。
仕事はしてる。
だって、食べていくのには必要だし。
死にたくないと思うくらいには生きていたいから。
当たり障りの無い笑顔で、適当に笑っておけばいいやと自分を投げ捨てたのはいつだったろう。
恋人はいない。
恋、とか愛、とかは疲れるってことを知ってる。
心が疲弊するのは避けたかった。
腐れ縁の同居人はいる。
どうしてか死んだ後も死ぬ前もこいつと一緒で、そんでどっちでもあいつがボクを見つけてボクは逃げて。
縁なんて腐れ溶けて土に還ればいいのに、と悪態をついた。
会社の同僚は同棲っていう言葉を使って彼氏さんだなんてあいつを呼ぶ。
否定も肯定もそぐわない気がしたので黙っていたら事実にされた。なんだそれ。


「今日は休みなので、怠惰に過ごそうかと思います」
宣言した。
比較的物が少ないリビングのどっしりとしたソファの上で二人だらりと腰掛けて。
「いつも怠けてるくせに」
反論が飛んできたので「表情筋と感情だけね。あとはだいたい働いてる」そう返してやった。
「じゃ、今日はその働いてない表情筋と感情を働かせるんだな」
「いやだよ面倒臭い。キミこそその減らず口どうにかしたら」
「それこそ無茶な話だな。」
最早遠慮も何もあったもんじゃない間柄。
高い窓から降り注ぐ穏やかな光が桜色を重ねたような薄茶けた木製テーブルに降り注いでいる。
「たまにはボクの言うこと聞いてくれてもいいと思うんだけど。ねえ居候サン。」
おまけにボクに養ってもらってる。お前はヒモか。
「残念だが勉学で忙しいのでその提案は却下せざるを得ないな。」
いけしゃあしゃあと言う。勉強なんて全部大学ですませてきた癖に。どうせ提出のレポートだって人より先に終わったんでしょ。
変なところで要領がいいというか、なんというか。
今やっていることといえばボクの髪を手遊び代わりに弄っているくらいだ。
「あーそうですか、ボクの髪を弄るのが勉学とは、そら知らなんだ。」
アルルの いやみ こうげき!
「そうそう、その通り。よってお前が腹が減ったのなんだの喚いてもオレは作ってやらんからな。」
しかし シェゾに こうかは ないようだ・・・
脳内で某育成RPG風テロップが流れるのを感じた。
昔はこいつをどうやって丸めこんでいたのやら。以前の自分に心の中で拍手喝采を送りながら「あーもういいや・・・」何もかも面倒になって放り投げるように隣に座るこいつに寄りかかった。
折角の休日なんだからどっか遊んできたら、と昨晩提案してみたら「姦しいのは嫌いだ」と答えになっていない答えが返ってきたのを思い出す。恐らくクラスメイトの女の子達から誘われたのを断ったのだろう。
折角今回も美形に生まれたんだから有効活用すればいいのになーとぼんやり考える。
以前のように言葉が抜けるってこともあんまないし。傍から見ればただの美形だ。
わざわざボクなんかに付き合う必要ないのに。だってここにいるボクは、こいつの望むものを一つも持ってない。
「っあー、キミは本当に面倒な奴だね。」
耳元で大声を出してやる。あいつの肩付近に寄りかかっているので自然と位置がそうなっただけだ。断じてボクは悪くない。
「煩い奴だな。」
顔を顰めてあいつがソファから立ち上がったからボクはぼすんとソファに倒れ込んだ。これも自然の摂理である。
「キミが悪い。全般的に。」
「意味が判らん。それとソファを占拠するんじゃねえ。」
「うっせーばーか。あ、立ったついでに飲み物取ってきて。」
「お前が上体起こすんならな。何がいい?」
「アールグレイのストレート。ホットで。あとパウンドケーキ。フルーツ入りのやつ。」
「わかった、麦茶とクッキーな。」
ちぇ、と唇を尖らせて遠ざかっていく背中を見た。
まだ日は高い。けれど遠慮がちに降り注ぐ弱い冬の陽の光だけではどうにも寒くて体を起してぎゅうと抱きしめた。
あいつが消えてった開けっ放しの扉から吹き込む空気が冷たい。球根が半分頭を出した観葉植物が寒そうに縮こまっている。
(早く)
少しばかり暗い扉の向こう。廊下には窓がついていないから当然だけど、なんだか怖い。
(帰ってきて)
ぱちん、と瞬きしたらその瞬間に何もかも消えてしまうんじゃないかって、想像。
(こわいよ)
想像。空想。そんで回想。
「うあー」
いやなものを思い出した。具体的には言いたくもない。
人間二人分の過去なんて回想するもんじゃないやと目を瞑る。ぐてんとソファの腕に体を預けた。
それもこれも全部あいつのせいだ、責任転嫁してみる。
麦茶とクッキーにどれだけ時間かけてるんだろう。
さっきのいやなものが頭の中をぐるぐる廻ってるような気がして、目蓋の黒に意味を見出そうとちらちら踊る光の残滓を追いかけ――
「おい、人にもの頼んでおいて寝てるんじゃねえよ。」
突然頭上から降ってきた声に条件反射で思考を中断した。
「遅い。」
「それは悪うござんした。」
ぱかりと目を開ければ今までと変わらない景色。戻ってたんだ、なんて感想。
ほら、と差し出されたのはやっぱり麦茶だったけど。
「あれ、あったかい?」
「温めてたんだよ、わざわざ。」
「それはどうも手間をかけまして。」
床にトレイを置いて、その上にクッキーの皿。
麦茶は一人分。
あいつはといえば、空いたスペースにどっかと座って参考書なんて開いている。
おや、と思う間もなく「うげ」思わず声が出た。
「ちょっと、重い。」
隣からだらりと体重をかけられるので顰め面して言ってみた。
気にした様子もないので恐らく自分から退くこともないだろう。
ああ、今日は犬の多い日だ。
けれど怠惰宣言した身では払いのけるのも面倒なのでこのまま過ごすことにした。
わかっててやってるんだろうな、こいつ。
でも隣にある人間の体温が煩わしくないくらいには(不意に不安を抱えるくらいには)ボクは彼のこと嫌いじゃないのだ。