ボクの彼はとても欲張りだ。
節度はわきまえているものの魔導関連の書物やアイテムになると途端に目の色が変わるし、いつでも知ることを求めてやまない。
それはボク自身への愛にも言えることで
彼はなにがなんでもボクの全部を自分のものにしなきゃ気が済まないみたいだ。
例えばこうだ。
ボクが一人で彼に一言も言わず出て行ってしまったとする。
んで、夜中でもいい。次の朝でもいい。とにかく非常識な時間に帰って来たとする。
そうすると彼は帰って来たボクを見てほっとしたような怒ったような顔を浮かべるのだ。彼は勝手に出ていったことに少しだけ言及して、力いっぱいボクを抱き締める。
ボクにはそれが目に見えるように想像できる。
彼が何も言わないのはボクに愛想を尽かされて本当に出ていかれるのを恐れているからで、決してボクを信用しているからじゃないってことも
抱き締めるのはボクを喜ばせるためじゃなくて、ただ離れていることに耐えられなかっただけだってことも。
そしてボクが抵抗しないうえに笑って彼の背中を抱きしめてやると、欲しいものを与えられた彼は離すまいとますます腕に力を込めるだろう。
臆病なくせに欲張りで、そのうえ恋人であっても信用することがない。いや、出来ない?どっちでもいいか。
ボクはそんな打算的で人間的な彼がとてもとても愛おしいので出来ることなら彼の欲しがるもの全部を渡してあげたいのだけど、今のところその考えを実行したことはない。
なんでもかんでも欲しがる子に、望み通り与えたらだめになっちゃうでしょう?



「腹はちぶんめ、という言葉があります。」
ぴっ!と人差し指を立てて珍しく改まった顔でアルルが言うのを、シェゾは怪訝な目をもって応えた。
「それが?」
「ボクが思うに、キミは欲張りすぎるんだよ!腹はちぶんめ、もう少しじちょーしなさい!」
「発音がやけに怪しいが、ちゃんと意味を理解したうえで言ってるんだろうな?」
もちろん!と胸を張る少女はどこか得意気だ。
「空腹は最高の調味料って言うでしょ。」
「だから?」
「ボクが思うに、キミって魔導バカじゃない。」
「その発言には大いに賛同しかねる。」
「で、いっつも何か本を読んで知識を得よう得ようとしてるよね。」
「否定はしないな。」
実際、今もこうして分厚い本を開いているわけだし。
そう!と彼女は我が意を得たりという表情をして
「だから少しばかり本を読むのを止めたらいいと思うんだ!」
「全く意味が分からないので却下。」
ばっさりと切り捨てた。
「そ。んじゃ、いいや。」
ぶうと口を尖らせた少女が何やら複雑な面持ちで顔を伏せるのを、まったく理解が出来ない、と溜息をついて男は手元に視線を戻した。



たまには、さ。ボクだって甘えたくなる日はあるんだよ。でもそんな日にも本にコイビト取られるのって、すごくショックなんですが。
忠告はしたよ、馬鹿なシェゾ。
『出ていきます  アルル』
さらさらと流麗な字でそれだけ書いて、そしてボクはこっそり屋根裏に潜んだ。
彼はきっとボクが想像した通りの行動をとるのだろう。ボクを探して探して、少しくらいお腹を空かせてしまえ。
陽が傾いた頃にようやく彼が帰って来て、ボクは屋根裏から彼の行動を見ていた。ボクを探す姿、机の上の置手紙、固まった視線、慌てて扉を開けて飛び出していくその全てをだ。
予想違わず自分を追う彼の姿が見えなくなってから、ボクはくすくす笑みを零した。
「欲張りさん、全部手に入れるなんて無理でしょうに。」
停滞した空気が張り詰めたように無音のままじっと身を潜めている。
「だって全部が全部手に入れちゃったら」
あの時やったみたいな愚は二度と犯さないよ、ボクはキミには捕まらない。
「きみはとっても欲張りだから」
そう、初めて出会ったあの時。地下牢でボクがじっとしていたなら。
「手に入れたもの全部捨ててしまうでしょう。」
ボクを手に入れてそして忘れていったのでしょう
「だから、少し足りないくらいがいいんだよ。少し飢えてるくらいがいいんだよ。」
そうじゃなきゃボクは簡単に忘れられちゃう。いつまで経っても手に入れられない理解不能なボクでいなきゃキミはボクを忘れてく。
でも飢えさせるだけが愛ではないから
時々思い出したようにボクのほんの一部を味わわせてあげるのだ。
「ねえ、最高の調味料ってなんだったけ?」
お腹をすかせたきみのために、最高の愛を味わわせてあげる。