青い魚はいつだって愛に飢えていました。
深い深い海の底で、自分より濃い青に包まれながら
海は皆を愛しているということを理解していながら
それでも自分にだけ向けられる愛を望んでいました。






愛飢え魚、のアイコトバ








何度やっても慣れない。
視界が高い。空が近い。
―――世界が小さい。


目の前の彼女はあどけなさを残したまま、それでも穏やかさの見える瞳でうつくしく微笑んでいる。
「シグの負けっ。」
くすくす笑う表情は以前のままで、喜ぶその仕草だってちいとも変わっちゃいないのだけれど
大人びた面影が昔と今を照らし合わせてどこか柔らかさを感じさせた。
大量に降って来た透明なぷよの山からやっとのことで抜け出して土に塗れた衣服をはたはたと叩いて立てば、少し前より随分高くなった視界が飛び込んできた。
「へんしんって、何度やっても慣れないもんだね。」
今は互いに大人に変身しているのだけれど、幼くなるのは困った。
「そうだねー、でもボクは好きだな。これって皆の未来とか過去を覗けるってことでしょ?」
それってすごいことだよね。にこにこ笑う。
体の成長に伴って心は成長するという。それならここにある心は、きっと未来の心。
記憶ばっかり背伸びした、不自然だけど確かな大人の心。
だって彼女の笑みにどきどきしている。彼女の声に瞳に全ての感覚を奪われている。
未来でもぼくは彼女のことが好きなまんまで、それはとても嬉しいことなのだけれど
それはとても悲しいことなのだ
彼女はぼくを弟くらいにしか思っていなくて、でも諦められなかったのは彼女が誰のことも特別好きじゃなかったから。
未来の彼女は誰を好きになったんだろう。
「ね、アルルは誰のことが好きなの?」
今しがた思いついたような振りをした。
それはあの緑の髪をした魔族かもしれないし、青い目をした魔導士かもしれない。または、会ったことも無い誰かかもしれない。
飴色した瞳がきゅうっと三日月みたいに細められて
「ボクは皆のことが好き。もちろんシグのことも好きだよ。」
さやさやと風が揺れて目元を綻ばせる彼女はすっかり女性らしさを身に纏っていて、けれど全くと言っていいほどその視界は様変わりしていない。
誰の未来を覗けても、彼女の未来は覗けない。
彼女を追い越してしまった背丈で、見下ろした。
上がった口角と柔和に下がった眦。
白くて綺麗で傷だらけの掌が髪を梳くように行き来して、昔同じように頭を撫でられたことを思い出す。
変わらないな、感慨も覚えずただそう思った。
「切れてる、ね。」
口元の傷。血も流れないくらいに小さな傷。降って来たぷよが当たったらしい、小さな生き物の洪水は意外と殺傷力がある。
「痛くない?」
「痛くないよ。」
髪の上を滑るように触れていた手がそっと下がって、唇をなぞる様に移動を始める。
その小さな手をとってやれば、少し戸惑ったように瞳が揺れた。
与えるだけ与えて、与えられれば怯えたように逃げていくなんて気に食わない。
腕ごと掴んで引き寄せて、よろけた彼女をかき抱いた。
ぎゅ、と腕に力を込める。
女の子特有の柔らかい体つきに、少し骨ばった背中。
骨の当たる肩はやけに華奢なつくりをしていた。
彼女は腕の下でくすくす笑うばかりで抵抗する素振りも見せない。
このままキスしても怒られないだろうか。笑みの形ばかり取る唇を塞いでやりたい、少しだけの嗜虐心。
けれどもしも彼女が拒まなかったら。拒否されることよりずっと怖い。
それは特別の印じゃなくて、無関心の印。嫌われるより怖いこと。
だから言葉にする。言葉なら返してくれるのを知っている、卑怯な自分。
「ねえ、アルル。」
「なあに?」
落ちついた声。柔らかい、耳をくすぐるような声。
「好きだよ。」
そよぐ微笑。
「知ってる。」
「違う、好きなんだ。」
「うん、知ってるよ。」
「違うんだ、違う・・・好きなんだ、アルル。」
「知ってる、ボクも同じだよシグ。」
柔らかい髪。透明な声。溢れ出す好きが止まらない。
好き。好き。好き。
「大好きなんだ、応えて・・・アルル。」
それ以上の言葉はまだ知らない。
「大丈夫。ボクも好きだよ、シグのこと。」
違うのに。
切れた口元が今更のようにじくじく痛む。
大好き以上の言葉を頂戴、落ちた涙がじわりと染みた。









アイウエオ、の愛言葉