ものを食べるのは好きじゃない、彼女は虚ろな眼で言った。
「ダンジョンで回復アイテムをばくばく食う奴の台詞じゃないな。」
「それはほら、優先順位?」
嫌いでも苦手でもやらなきゃいけないことはやらなきゃだし。
好き嫌いしてると人間大きくなれないって言うしー力の抜けた声で彼女はきゃらきゃら笑った。
くたりと体を横たえている状態でよくもまあ笑えたもんだ、と感心する。
「いつか死ぬぞ、お前。」
「そうかもね。」
彼女の腕は細い。脚も細い。この年頃の少女にしては貧相というほかない体つき。
「とりあえず何か食え。」
「嫌。」
「どうして。」
「言ったじゃん、好きじゃないって。」
「死ぬぞ。」
「そうかもね。」
彼女は口を開くことも億劫であるかのようにぐったり身を横たえたまま。
仕方ない、と彼は彼女の前に器を差し出した。胃の弱っている彼女が食べやすいようにとわざわざ作った押し麦と米の粥。
「生きる気があるなら、食べろ。」
彼女は目線だけ動かしてしぶしぶ器を受け取る。
生きる気力はあるらしい、とシェゾは判断した。
だらりと垂れ下がった腕は持ちあがる気配を見せない。
彼女もじいと湯気の立つ粥を見ているだけ。
「食べないのか。」
「食べれない。」
「どうして。」
「腕、あがらない。」
それきり口を噤む。喋ることも苦痛であるかのように。
そこまで弱っていたのかと驚愕する。何故そうまでして食べることを拒むのか彼には理解できなかった。
彼女の手から器を奪い取る。
「口を開けろ。」
餌付けするかのように匙で粥を掬って彼女の口元に持っていく。
ぱく、と匙ごと粥を咥える。それを2、3回繰り返すと雛鳥に餌をやる親鳥のような気分になった。
「気持ち悪い。」
飛び出た言葉に眉を顰める。
「吐くか?」
コップに水を注いでやりながら訊く。急にものを食べさせるのは無茶だったか。
「違う。食べる時はいつも思うんだ、気持ち悪いって。」
「何が気持ち悪いんだ。」
「今食べているものがボクを構成するだなんて、気持ち悪い。」
純粋な嫌悪感。それは生理的なものにも似て、ひどく単純であるが故に抗い難い。
「・・・考えなければいい。」
「ごもっとも。でもね、考えると止まらないんだよ。」
ぐーるぐーるとさ、回るんだ。ボクが殺した魔物だとか動物だとかいろんなものが土に還ってそれを栄養にして植物が育ちそれを食べて動物が育つ。だからボクを構成してるのはボクが殺した奴らかもしれなくて、そうするとボクを構成するものからボクは恨まれてるのかもしれなくて。ああなんて自己矛盾。
「ボクはボクのことが好きだけど、本当は嫌いなのかもしれない。」
「だから食べたくない、か。」
溜息しか出ない。よくもまあそこまで深読みできるものだ。
だがそれを言うなら自分こそ恨まれている筆頭だろう。かもしれない、ではなく。
死んだ者を殺した者を糧にして生きるのが悪なら自分こそ飢餓に陥るべきである。けれどどうにもその気にはなれない。
そして彼女はそれを悪とはほんの爪先ほども思っていない。
「本当は何が好きじゃないんだ。」
「・・・命を貰うのは、好きじゃない。」
荷物はなるべく軽くして生きていたい、なんて贅沢なお願いごとをした。