―――ボクは最近、あまり外に出ない。
家から出るとすれば、そうだなあ。食料の買出しに行くときと遺跡に潜る時?
それ以外じゃ滅多なことでは出掛けなくなった。
時々ルルーやドラコに誘われてお茶をしに行くけれど、そんな時いつも後ろにはでっかい銀色の番犬がついてる。
「おあついこと」なんてルルーはおちょくるけど、そんなのとは全然違う。
多分、ボクは、監視されてるんだと、おもう。


ぎぃ、板戸が軋んだ音をたてて開く。
暗く影の落ちた室内に誰もいないことを見止めて、あれ、とアルルは首を傾げた。
おかしいな、そうひとりごちてことりと一歩踏み出す。
落ちた影からにゅうと白い腕が伸びてきて、ボクは視界の端でその存在を確かに認めたけれどされるがままに引き寄せられた。
「・・・どうしたの。」
顔の横でシェゾの銀色の髪が流れる。肩口に顔を埋めるでっかい犬、もといシェゾの苦しいくらいの抱擁を甘んじて受け止めたボクはなかなか偉いのではないだろうか。
「今日、誰と会ってた。」
「んー?ラグナスだけど。どうかしたの?」
ウソツキ。
本当は、ただすれ違っただけ。
この嘘は針千本で足りるのかな。キミのために何万本も飲み込んだお腹の針が蠢くよ。
「どうして。」
「うん?」
だあん、床に押し倒されて強かに背中を打ちつける。
肺が収縮、小さく吐き出した息の塊が喉を圧迫。ああボクの意識だけがクリアなまま。
「何故ラグナスなどと。」
切羽詰まったような表情、頸にかかった手。何度も繰り返されたやりとり。
「お喋りもしちゃいけないの?」
ただただ純粋に不思議そうに聞いてやれば皺が出来るほど寄せられた眉間に更に皺が刻まれた。
さあ、
苦しげなキミの表情を見つめる。
はやく、
まだ取れない頸の痣と同じ場所に手をかける。
ぐ、と籠った力を受け入れた。
頸を締める、ぎりりと音がしてゆっくり気道が潰れていくというのにアルルは苦悶の表情一つよこしやしない。
「慣れてるから。」
擦れた声がざらざら耳朶を舐める。
自分で自分の喉を縊り殺すくらいわけないよ、無感動と無表情を混ぜ合わせた声で息をひとつついて、むしろその方がどれだけ楽かと自堕落に舌を出した。
どうして、と彼はなく。
どうしてお前はいつまで経ってもオレのものにならない。
「そりゃあ、さ。ボクですらボクのものじゃないのにどうしてキミにあげれるんだい。」
出来ることならボクだってキミにあげたかったよ。
ボクを構成する組織はボクのものじゃない。じゃあ誰のものか、「知らない」そう、知らない。
(本当は)
サタンのものでもない。ルルーのものでもない。
ラグナスでも、ウィッチでも、ドラコでもセリリでもない。
(知っている)
ぎいしと骨が軋む音がして、これ以上絞められたら頸の骨が折れてしまうと塞がった喉で思った。声は出ない。苦しくない。どうせならこのまま三分経ってくれ。
キミが一番楽になれる道を選び取って。
ぽつりと涙が零れて、引き攣れた喉が苦しげに呻いた。
ふ、と力が緩められて急激に侵入してきた空気に咽かえる。苦しそうに咳をし、ひゅうひゅう喉を鳴らすボクを泣き出しそうな目で彼は見つめた。
「悪い。」
逸らされた目に滲んだ青が瞬いて、
「ああ、うん。別にいいよ。慣れてるから。」
今日もボクはキミを赦す。