穏やかな午後はいつだってゆっくり明るく過ぎて行く。
それは今日という日でも例外ではなく、アルルとルルーは散歩を楽しみながらのお喋りに興じていた。
陽光に煌めく緑は目に優しく、小鳥の囀りは耳に柔らかい。
時に陽光を遮る薄暗い雲さえなければ最高の天気だったのにね、とはルルーの談。
ともあれ二人の会話などそうそう天気程度に左右されるものではなく、ルルーがアルルをからかい、アルルがそれにむきになって反論するという結末まで同じ。
これほどからかい易い相手も珍しいだろうと内心ルルーが感心していることまで毎回のことだった。
「もールルーったらいつもそう!」
「まあまあ、いいじゃないの。私は楽しいんだし。」
「ボクが楽しくないの!」
なだらかな草原に差し掛かった時、空に立ち込める暗雲は更に粘度を増してきた。
これは一雨来そうだ、と二人して足を速める。
しかし間に合わずぱた、ぱたた、空から冷たい粒が降ってくるのに気付いて空を見上げた。
「やだ、降って来ちゃったわね。」
「ルルーあそこ!遺跡で雨宿りしよう!」
ぽっかりと口を開けた遺跡の入口なら雨も凌げるだろうと二人は走り出した。



「はー助かった・・・。」
雨足はどんどんと強まり、地面を叩きつけるように音を立てはじめる。
少し濡れてしまった服をぱたぱたと叩いて水気を飛ばし、一息ついたところであら、と奥から声があがった。
曇り空も手伝って遺跡の内部は薄暗い。
「どしたの、ルルー。」
「ここに壁画があるみたい。」
確かに土と泥で汚れたその下には壁画があるようで、ところどころ凹凸が頭を出している。
「なんだか気になるわね・・・」
水でもぶっかければ落ちる程度ではあるんだろうけれど、とルルーは呟く。
外ではざあざあ雨が流れ落ちているけれど、生憎ここは屋内だ。
桶でもあればよかったのに、と湿気で重くなった髪を掻き上げた。
「水をかければいいの?」
「そうね、大した汚れじゃないし。」
「それならきっとボクにできるよ、ルルー下がってて?」
言われた通りに壁から一歩下がって行動を見守る。いつものように魔導を発動するのだろう、アルルはすうと息を吸い込んで
「アイス!」
空気中の水分が次々氷結して大きな結晶を作る。
「ようし、ファイヤー!」
それを追うように放たれた炎が表面を舐めて、溶けだした氷は泥と共にぼたぼた落ちていった。
壁一面に彫られた壁画が泥の下から現れる。一枚絵とその下部に刻まれた文字は、この遺跡の歴史をつらつらと語っているようだった。
古い恋人の話。裕福な家に生まれた二人が出会い、恋に落ちた。
しかし二人には互いに親の決めた許嫁がいた。政略結婚など当然だった世にあって秘めなければならなかった恋。
引き裂かれた二人は己の身上を嘆き、それでも慕いあってついには心中してしまう。
それを恥とした互いの家は、二人を一緒くたにして地下墓地に埋葬した。そうと知られぬように名も彫らず、ただ目印としてぽつんと白い墓石だけを供えとしたのだった。
壁画には優しく微笑む女性とそれに笑いかける男性の似姿が描かれている。
文の最後はこう締めくくられていた。
『ここに最愛の我が娘とその婿の生涯を記す』
古い古い恋人の、古い古い絵物語。
壁に刻まれた文字は残り、後世にまで伝わることであろう。
「なかなかロマンチックな話ね。」
壁の文字を追いかけていた視線が止まって、ルルーがそう口を開いた。
「恋、かー・・・ルルー、恋ってどんな感じ?」
「あらあらしょうがないおこちゃまね!」
「そんな風に言わなくてもいいじゃないか、ボク今まで魔導の修行ばっかりだったから恋なんてする暇なかったんだもん。」
ぶうと頬を膨らませれば仕方ないわねえとやけにもったいぶった様相でルルーが口を開く。
曰く、恋とは素晴らしいものだと。
曰く、恋をすれば世界が輝いて見えるのだと。
その他もろもろをつらつらと並べ連ねた挙句、要はサタン様は素敵なお方なのよ!と言うルルーにいったいどこからサタンの話になったやらさえ理解不能なアルルは「ごめん、ルルー訳わかんない」ギブアップを態度で示した。
それにふふん、と何かに勝ち誇ったような態度のまま
「あなたにはあの根暗ヘンタイ魔導士がお似合いじゃなくて?」
ところころ笑う。どこか馬鹿にしたような態度にアルルはまた不満げに頬を膨らませてついとそっぽを向いた。
「シェゾがそんな恋愛とか興味あるようには見えないけど。」
「ま、確かに。」
この場に本人がいれば失礼だと叫んだだろうが、残念ながら本人はどこか遠いところにいるのだった。
辺りが明るくなったのに気がついて振り返れば空の切れ目から光が落ちてくる。
まるで光の帯がいくつも連なったような光景を目を細めて二人して眺めた。
「雨、あがったね。」