新しい遺跡が発見された、との噂がアルルの耳に入った。
なんでも地殻変動で入口が出てきたのだそう。
その噂を聞いてアルルは目を輝かせた。何より遺跡探検が好きな彼女のこと、飛びつかないわけがないのだ。
遺跡というより屋敷に近い造りで、噂では大昔のお貴族様の別荘だったとかなんとか。
これまで山に埋もれていて見えなかったのが、地滑りでその外壁を現したそうで、既に数人の冒険者が中に入るも戻ってきた人はいないらしい。
噂につきがちな最後の文句は嘘だろうと的確に判断したアルルはそれでも念のためにとカーバンクルを連れて早速屋敷に向かうことにした。


そこは確かに屋敷だった。
遺跡にあるようなトラップもなく、出てくる魔物はゴーストばかりで怪しげなアイテムもない。
遺跡といえば普通は古い儀式の場だったり隠れ屋だったりして他人に踏みこませないための仕掛けがわんさかあるものだが、ここは居住空間として機能していたらしくそういった魔導士が好みそうなものはさっぱりない。
これは書庫や隠し部屋を期待するしかないかな、だけど危険じゃなくて良かったかも。独り言で気を紛らわしながらアルルは一つ一つ部屋を見て回る。
一つ、二つと見かけた頑丈な箱には普通アイテムなどの貴重な物が入っているものだがアルルが調べた時には既に空っぽで、誰かが立ち入ったことを示していた。
書斎でもいくつかの書物だけが抜き取られていて、きっと貴重なものだったんだろうと推測することしか出来ない。
部屋の隅にこじんまりと据えられていた綺麗な金属の箱を開けてみるもやはり空で。
五つ目のはずれの宝箱にがっかりしながらカーバンクルに話しかける。
「やっぱり誰かが探索し終わった後みたいだね、これ以上奥に行っても仕方無いかも。」
ぐーと一声鳴いたカーバクルが宝箱にひょいと飛び乗ってくるくる踊るのに「もう、カーくんってば」くすくす笑ってひょいと持ち上げた、瞬間感じた違和感。
「あれ、この箱・・・なんかおかしい。」
大きさの割に内枠が小さいのだ。
「これは、ひょっとして・・・」
くるりとひっくり返して外側、内側を探る。出っ張りに指をかけ、どこか仕掛けがないかとすみずみまで見る。
外側についていた装飾の花が、がちん、と音をたてて凹んだのを見てアルルはにんまり笑った。
これは期待できる。
錆びついた金属の花には動かされた跡はなかった。
つまりこの宝箱の仕掛けに気づいたのはアルルが初めてということで、それにわざわざ仕掛けを作るのだ、中身も『隠しておきたい物』に違いない。高価な装飾品か、大切なものか、それとも古の呪いのアイテムだったりして。
まだ見ぬ期待に胸をふくらませてくふふと含み笑い。内枠の底がごとりと落ちたのに「二重底だったんだ」とひとりごちて一緒に落ちてきた小さな箱を拾いあげる。
手触りのいい革が張られた小さな黒い箱は振るとしゃらしゃら音がした。
申し訳程度にかけられた小さな鍵を壊して開ける。黒いびろうどに包まれていたのは、
「あったあ!」
古い、綺麗な首飾り。真ん中に透明な薄い緑色をした宝石がついていて全体的に豪奢なつくりだ。
「綺麗だね、カーくん。昔の人の装飾用だと思うんだけど・・・うーんいつの時代のものかなぁ。」
よく見ないと難しいなぁ、そう言いながら触れた途端、急激に意識が遠のく。しまった呪いかと気付いた時には時遅く、ふらりと頭から倒れ込んだ。
「ぐー!ぐぐー!」
カーくんが心配げに鳴いたことだけは、頭の隅で理解できた。



ぺしぺしと頬を張られる感覚。
ぼんやりした視界の向こうに白いものが見える。
「・・・おい、おい起きろ!」
聴覚が声を拾う。
次第にはっきりとしてきた五感が目の前の人物を認識する。
「あれ・・・しぇ、ぞ?」
目の前の人物を知覚すると同時に今自分が置かれている状況を思い出してがばりと起き上がる。
「首飾りはっ!?」
「これのことか?」
しゃらりと涼やかな音をたてて揺れる首飾りに安心する。
「あーよかった、誰かに持ってかれちゃったかと思った。」
「お前な・・・自分の心配をしろ。オレがどれだけ焦ったと・・・いやなんでもない。」
「折角見つけたアイテム盗られたら悲しいじゃん。」
見つけてくれたのがシェゾで良かったと朗らかに笑う彼女に苦虫を噛みつぶしたような顔をして、シェゾは掌の中の首飾りを見聞し始めた。
解呪は既に済ませてあるらしく、彼が触っても呪いが発動しないことに少々悔しさも感じる。
ごくごく細い金で編まれた鎖と、それに散りばめられた白い宝石の組み合わせが美しい。中央の薄緑の宝石の左右は対称になるように羽を模した意匠となっていて、どこか儀礼的な雰囲気も感じさせた。
「まったくこの程度の呪いに引っかかるとは。やはり半人前だな。」
「〜っ、悪かったね半人前で!まさかこんな装飾品に呪いがかかってるなんて思わなかったんだもん。」
それに溜息を吐いて答えられる。
「阿呆。書棚を見てみろ、研究書や言語の書に混じって魔導書が置かれている。ここの主人は魔導の心得があったらしいな。」
確かに古いグリモワールがいくつか書棚には置かれている。
なかなかに有名な魔導書の原書もその中にはあって、生前は名を馳せた魔導士だったのだろうということが推測できた。
「ところで、これ何の呪い?やっぱり眠りの?」
彼の手の中に収まっている綺麗な首飾りを指して言う。
「睡眠の呪いだな、よっぽど盗られたくない物だったんだろう。」
くるりと引っくり返して宝石の留め金を見せる。持ち主らしい女性の名前と、その下に『愛しいあなたに捧ぐ』の文字。
「誰かからの贈り物だったんだね。」
「いや、違うな。」
「え?」
「よく考えてみろ。女性が自分も身につける装飾品に呪いなんてかけるか?」
「あ、あれ、確かにそうだけど・・・じゃあこれって。」
「受け取って貰えなかったか、渡せなかったか。どちらかの理由で男の手元にあったままだったんだろう。で、手放そうにも未練か何かで手放せなくなり仕方なく誰にも盗られないよう呪いをかけて仕舞い込んだ、ってとこか。」
昔の持ち主に御愁傷様、と手を合わせる。呪いは防犯になりませんでした。
「とりあえず金にはなるな。」
抜け目なく首飾りを懐に仕舞おうとするシェゾにアルルは不満そうに口を尖らせた。
「ていうかそれボクが見つけたんですが。」
「呪いを解いてやった代償だとでも思っとけ。」
「うわ強奪だ、キミとうとう強盗までするようになったの?」
心の底から嫌そうな目でじいっと見上げる彼女にたじろぐ。いかん、このままでは変態だけでなく強盗というレッテルまで貼られてしまう。
ここはさっさと退くが得策とばかりにシェゾは諸手をあげて降参の意を示した。
「だー分かった分かった、折半でどうだ。見つけたのはお前、呪いを解いたのはオレってことで。」
「ようしそれで手を打とう!ま、ボクもあのままじゃ危なかったわけだし妥当だよねー。」
「放っておけばよかった・・・。」
「何か言ったかな?」
「いーやなんでもない。」
上機嫌で出口に向かう彼女はその言葉をしっかり拾っていたけれど、あえて聞かないふりをした。
だってここでへそ曲げられても困るもん。
心の中でぺろりと舌を出してアルル達は屋敷を出た。