どんどんどん、爽やかな朝に似つかわしくない音がする。
惰眠を貪っていた身にその音は煩わしい。暫くすれば諦めるだろうと無視を決め込む。
しかし予想に反して扉を叩く音はますます大きくなる。
「シェゾいないのー?入るよー?」
どんどんどん、
「入るよってばー、いいのー?」
仕方ない、応対くらいはしてやるかとのそりと身を起こし、まだ音を立てる扉に向かおうとして、不意に音が消えたことに不審がる。
諦めて帰ったのか?そう思ったのもつかの間、一拍置いて
「じゅげむ!」ばごんと扉が粉砕されて可愛らしくアルル登場。
元扉だった木片がばらばら室内に振り撒かれる、元凶はといえばけろりとした顔で元気に挨拶を。
「シェゾおはよ!」
「おはよ!じゃねえだろこのバカ娘!扉を粉砕するな勝手に入って来るな常識を考えろ!」
あまりに理不尽な登場の仕方に目が覚めた。
ごちん、といい音がしてアルルの頭にシェゾの拳骨が落ちる。
「いったぁー!何すんだよ。」
「それはこっちの台詞だ。何故ドアを破壊する?」
「シェゾが開けなかったから強行突破。」
悪びれる様子もなく言ってのけるのに、誰だこんな娘に育てたのは。親の顔が見たいと切実に思いながらもう一発拳骨を落とす。
「で、何の用だ。」
二回目の拳骨に涙目になるアルルを尻目にふぁ、とひとつ欠伸をして訊ねる。
これで何もなかったら三発目の拳骨を落としてやろうと心に決めながら。
「あ、そうそう。この前お世話になったでしょ?そのお礼をしてないなって思って。」
「いらん、あれは折半で話はついただろう。」
「それじゃボクの気が済まないんですー!」
よっこいしょ、まるで老人のような掛声と共に手に持った荷物をテーブルに乗せる。
可愛らしいバスケットからごろりと転がる玉ねぎ、人参、じゃがいもetc・・・どこからどう見てもカレーの材料だ。
「お昼ご飯でも作ってあげるよ、どうせロクなもの食べてないんだろうし。」
「それは有難いが、一言余計だ!」
予定通り落ちた三発目の拳骨に頭を押さえて屈みこむ。ひどいよね女の子に拳骨だなんて。変態さんには一般常識ってものがないのかななどとぶちぶち言いながら大儀そうに立ちあがるアルルを横目で見ながら、目が冴えてしまったし魔導書でも読むかとシェゾはどっかと椅子に腰かけた。



台所借りるねーとこちらの了承も待たずアルルが駆けて行って暫く。
シェゾは台所の惨劇を想像していたが、予想に反して皿が割れるとか怪我をするとかの音はしてこない。むしろ軽やかな包丁の音がするだけである。
気になって椅子から立ち上がってみれば、綺麗に大きさを揃えて切られた人参に、皮を剥かれたじゃがいもの山。手つかずの玉葱はこれから切られるのだろう。
思ったより手際の良い調理に思わず本音が漏れる。「意外だな、お前料理出来るのか。」
「あったりまえでしょ?一人暮らししてるもん。」
毎日やってれば出来るようにはなるんだよ、と危なげなく包丁を使いながら言う。
「毎日外食してるのかと思っていたがな。」
「そんな贅沢できないよ、世の中結構世知辛いんだよね。」
まあ隣には黄色の大食漢がいることだし、外食では到底食費が賄えないのだろう。
隣で舌を伸ばして調理前の野菜を口に入れようとする黄色いのを摘まんでやれば「ぐー!」と抗議された。
「何言ってるかさっぱりわからん。」
「カーくん?そうだねー言葉は分からなくてもボクは雰囲気でなんとかしてるよ。」
すとん、と玉葱をくし切りにしながら飼い主は言う。
目の前に持ち上げた黄色いウサギもどきは明らかに不機嫌そうなので恐らく「邪魔するな」とかそんなところだろう。
「材料食われちゃたまらんからな、向こうに連れてっとくぞ。」
「はぁーい。」
どこか間延びした声が返って来て、じたばた暴れる黄色い生物を摘まんだまま椅子に座る。
宙釣り状態のカーバンクルはひどく不満そうだ。
ビームを打たれちゃ敵わないのでべち、と机に押し付けた。万が一この状態のまま打たれたら机に穴が開くだろうが、それくらいなら許容範囲だ。
「ぐー!ぐぐぐー!」
先程よりずっと激しく暴れるカーバンクル。その叫びを黙殺して閉じた魔導書をもう一度開いた。
規則的に並んだ文字列を追いかけているうちに気が緩んだらしい、しばらく大人しかった黄色ウサギが俊敏な動きで手の下から飛び出した。
「だぁっ、こいつ!」
「ぐぐーぐー!」
殺気立っている。それも相当。これは危険だと開いていた魔導書を盾にする、と「こら、カーくん!」ひょい、と黄色い生き物が持ち上げられて
目の前の台所から現れた飼い主に救われた。
「暴れちゃだめでしょー?」
「ぐぐー!」
カーバンクルはまだどこか不満そうだったが飼い主の登場により少し怒りが収まったようだ。
とりあえず家が壊れるような事態は免れたか、とシェゾは一息ついた。

「はい、ボクの特製カレー出来上がりだよ!」
カーバンクルは任せておけないと飼い主が台所に連れて行って少し。
両手にカレー皿を持ったアルルが台所から再登場した。
てきぱきとスプーン、水、それに皿を並べていく。三つあるカレー皿のうち一つだけ異様なほどにカレーが盛られているがそれが誰用かは推して測るべしだ。
「見た目はまともに見えるな。」
「うわひどっ、そんなこと言ってるとお昼ごはん取り上げちゃうんだからね!」
「おいこらここにきてそれはないだろ!」
「うそうそ、じょーだん。どうぞ召し上がれ。」
くすくす笑う彼女に少しの居心地悪さを感じながら口に入れた。
「ね、味はどう?」
「思ったより食えるもんだな。」
もっとひどい味を想像していたのだが、完全に予想は外れた。妙なところで不器用な彼女のことだから料理をする様など阿鼻叫喚の地獄絵図・・・とまでは言いすぎだがそれに近いとは思っていたのに。
「ふん、いいもん。褒めてくれるとは思ってなかったし。」
カーバンクルを捏ねまわす。明らかに拗ねているのだがここで何か言っても彼女の機嫌を損ねるだけのような気がするのであえて黙っておく。
かちゃかちゃと食器の触れあう音がして、どちらともなく「御馳走さま」の声が聞こえた。
「お粗末さまでした。」
「ん。」
食器の後片づけまでやってもらうのは流石に心苦しいので「後はオレがやるから、お前はさっさと帰れ。」と三人分の皿を流し台に持っていく。
何か言いたそうな顔をしたアルルだったが視線をしばし彷徨わせた後に「じゃ、お邪魔しました。」とだけ言ってさっさと家を出て行ってしまった。
なんともドライな奴だと後ろ姿を見送りながら、お互い様かと思いなおす。
意外と美味しかった、との言葉は言い損ねた。