「アルル、お前が欲しい!」
お決まりの台詞と共に現れた闇の魔導士サマにまたかとアルルは呆れた。
誰もいない草原や森の中で言われるのはまだいい、(その場でこてんぱんに伸してしまえば済むのだから)
けれどここは「街中、なんですけど・・・。」
TPOを弁えて言葉を使って欲しいよなあと腰に手を当てて大仰に溜息をつく。
彼からしてみればたまたま街で見かけたので本能の赴くままいつもの台詞を投げかけたというところなんだろうが・・・何度も言う、ここは街中だ。
当然人の往来も激しいし、そんな中でいきなり大声出して「お前が欲しい」
一般的にはどんな風にとられるか本当に目の前の男は分かっているのだろうか。
にわかに集まりだしたギャラリーに再度溜息をついてから「ボク、今はその気ないから。じゃ!」とっとと逃げようと背中を向けた。
「おいこら逃げるのかアルル・ナジャ!」
だから名前を大声で叫ぶなっつーの。ボクはそれなりに慎ましやかに暮らしていたいんだ、お願いだから巻き込まないでくれという願い空しく背後の真っ黒な魔導士は大声で名前を連呼しやがってくれる。
いい加減それに頭来て「もう、しつこい!」街中だって構うもんかこんな奴ぶっとばしてやると振り向いて手を翳す。
「ようやくその気になったか。」相手も剣を抜いて臨戦態勢。周囲の野次馬もさあっと距離をとる。こんな人ごみで戦おうなんてこいつなに考えてるんだろう。
とりあえず避けられないようにばよえ〜んで感動させてから容赦なくじゅげむでもくらわせてやろうと心に決めて眼前の男を睨み付ける、と見知った顔が人を掻き分けてやってくるのが見えた。
「アルル、何やってるの。」
「あ、ルルー。」
長い髪を上品に掻き上げながらずかずかと遠慮なく渦中の二人に歩み寄っていく姿に観衆から「おおっ」と驚嘆の声が上がったように聞こえた。
「どうしたの?」
「どうもこうも、すごい人だかりだったから。何事かと思ったんだけどやっぱりアンタ達だったのね。」
臨戦態勢だった構えを解きながらルルーを見上げる。
シェゾも戦う意欲を削がれたらしい、剣を鞘に収めているのが視界の端で見えた。
「まったくアンタ達はいつまで経っても・・・ま、いいわ。これからお茶でもしない?いいカフェが出来たのよ。」
「本当!?行く行く!ルルーとお茶するの久し振りだね!」
きゃあきゃあ会話をする少女達の会話に男性が置いて行かれるのは至極当然のことで、つまりシェゾは
「おいこらアルル、勝負だっつってんだろ!」
「カフェラテが美味しいのよ、豆もいいものを使ってあるし。」
「わぁ、ボクお砂糖とミルクいっぱいでね!」
「もう、相変わらず子供舌なんだから。」
「いーのっ、ボクはこれがすきなんだもん。」
完全に蚊帳の外に追い出されたことになる。
眼前ではピンクのオーラでも放出されていそうなガールズトークが繰り広げられていてどう入っていけばいいものやら判断に困る。というか最早勝負云々さえも最初からなかったような雰囲気になりつつある。
意気地無しだな、にいちゃん彼女持ってかれちゃうんじゃねーの、等々の野次が周囲から飛んでくるのにも辟易する。
辛抱堪らず剣の柄に手をかけて
「お前ら俺を無視してんじゃね・・・」
口を開いてアルル達に詰め寄ろうとした瞬間、ほらにいちゃん頑張れよ、野次馬の誰かがそう声をかけて、続いてどんと重い音がした。
あ、と声をあげる間もなくバランスを崩したシェゾがこちらに向かって倒れてくる。
為す術もなく巻き込まれ、
「ぎゃん!」
「ぐわ!」
仔犬でも踏んずけたような声で二人して倒れ込んだ。
ごつ、と痛そうな音がする。
生憎シェゾはアルルの上に倒れたおかげで彼女ほどダメージを受けていない。
「うう〜いったあ・・・。」
頭をひどく打ったのだろう、涙目で後頭部を押さえる姿に仕方ないなと体を起こしヒーリングを唱えようとする、が
「こおのっ、ド変態ーっ!」
何故かルルーに横からぶん殴られそのまま胸倉を掴まれてぎりぎり壁に押しあてられる。ってか、大の男一人持ち上げられるってどんな腕力してるんだこの女。
「ちょ、アルル見てないで助けろ!」
ようやく痛みから立ち直ったらしい彼女に助けを求める。が当のアルルはといえばシェゾの顔を見るなり
へ、とかあぅ、とか意味の為さない言葉を洩らしながら顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。
なんだその反応とか思わなくも無かったが今はそれより命の危機だ。
眼前の鬼気迫るルルーは怒り狂っているらしく全く力が弱まる気配を見せない。
「あんた真昼間っから公衆の面前で何してんのよ!?」
「倒れただけでなんでそこまで言われなきゃならんのだ!」
「倒れただけでどーしてあんたアルルの胸掴むことになるのよ!」
は?
今、なんだかとんでもない言葉が。
「ちょっと待て、誰が、何を掴んだって?」
「あんたが、アルルの、胸を!」
ぎりぎりぎりと力が増す。
さーっと血の気がひく音がした、ような気がする。
いやまあ確かに倒れる時支えにしようと思わずアルルに手を伸ばしたのは否定しない。
そんで何か柔らかいものを掴んだのも覚えている。
ってことはだ、あれは・・・
「・・・シェゾの、エッチ。」
アルルのとどめのいちげき!
よくよく見れば胸当ては千切れて外れているし白いノースリーブのシャツもよれてしまっている。しかも痛みのせいで潤んだ上目遣いで顔を赤らめるというオプション付きで言われたものだからぐらりときてしまった。
ルルーに吊り上げられてなければ素直に喜べる状況なんだがなあと内心こっそり涙して、まずは誤解を解こうと口を開く。
「あのな、偶然だって・・・」
「言い訳無用!」
こええ。
格闘女王の名に恥じぬ覇気を身に纏って怒り狂っていらっしゃるルルーは正直怖い。
「ル、ルルーそこまでしなくても・・・ほらっ皆見てるし!」
そういえばそうだったと、はたと思いだしたような表情に助かったかと一瞬思ったが、考えが甘かった。
ぎろり、と周囲を取り囲む観衆を睨みつけて一喝。
「あんたたちさっさと散りなさい!ここに残るっていうんならこの変態と同じ目に合ってもらうわよ!」
大の男一人を吊りあげての言葉には流石に多大な説得力があったらしく円を描くように集まっていた野次馬もばらばらと逃げていく。
あーあ可哀想に、という声がどこかから聞こえて、そう思うのなら助けてくれと切に願った。
「さて、どう制裁を与えたらいいかしらねこいつには。」
正直もう息苦しい状態が長く続いているので罰にはなっていると思うのだが、生憎シェゾにはそれを彼女に告げる気力は残されていない。
「あのね、ルルー。ここはボクに任せてくれないかなぁ。」
身だしなみを整えて立ち上がったアルルがルルーに声をかける。
「アルル、あんたこの変態に情けをかけるつもりじゃないでしょうね。」
「俺は変態じゃねぇ・・・」
「だまらっしゃい!」
弱々しく反論してみるものの即座に斬り捨てられる。こりゃまだかなり怒ってるな。
「違うよ、これはボクとシェゾの問題だしシェゾの言い分も全然聞けてないし、えっと・・・ルルーの手を借りるのはなんだか違う気がするの、罰はボクが考えるからルルーは気に病まなくていいんだからっ。」
言ってる途中で本人もあやふやになったのかかなり内容が怪しげだ。
だがルルーは少し思案した後はぁ、と溜息を吐いて吊り上げていた腕を急に放した。
前触れなく落とされて思い切り背中を打ちつける。背中を打ったせいで肺から吐いた息と同時に阻害されていた呼吸を開始しようとする喉がせめぎあって咳きこんだ。
「まったくアンタは・・・怒ってた私がバカみたいじゃない。いいわ、今日のところは退いてあげる。」
「ごめんね、ありがとうルルー。」
気にしないで、ひらひら手を振って笑った彼女は踵を返すと靴音高く通りを行ってしまった。
その背中を見送りながら、げほげほと未だ咳きこんでいた彼の背中をよしよしと擦る。
「・・・なんだよ。」
気まずいのかそっぽを向いてつっけんどんに言うのにちょっと笑って。
「あのね、責任、とってくれるんなら・・・いいよ?」
「は?」
「だーかーら、責任とってくれるんなら罰はナシにしてあげてもいいよって言ってるの。」
わかった?ちょこんと首を傾げる仕草が愛らしい。
「責任って・・・」
「ボクの胸触ったじゃない。事故でも偶然でもそれは事実。だからその責任とって欲しいなーなんて・・・」
はにかんで言うのに先程一瞬しか感じられなかった柔らかな感触と潤んだ瞳の上目遣いがフラッシュバックする。
あ、やばい。
常々言葉が足りないと言われる彼は不言実行をも旨としていたかのように、急にアルルを引き寄せた。
「ふぇ?」
訳の分かっていないのをいいことにぐい、と体を持ち上げてそのまま俵担ぎにする。
「あ、あの。シェゾ?」
「責任、とって欲しいんだろ?」
「いやそうだけど、ボクは甘い物でも奢ってもらえれば・・・」
「責任」
「へ、」
「とってやるよ。」
「ひっ、いやーーーー!」





ちなみに彼はこの後アルルの叫びで駆けつけたルルー様により今度こそふるぼっこにされましたとさ