アルルが死んだ。
創造主と呼ばれる何がしかと相打って死んだ。
世界はペンキが剥がれ落ちるようにぼろぼろ崩れて行って、剥がれた向こうから暗い色をした闇が覗いた。
全ての生命は活動を停止し、何が起きたかも知らないうちに死んでいった。
なんと静かな世界の終わりだろう、サタンは感慨深げに呟いた。悔やむらくは私がここで生きていることだ。
サタンは創造主が創りあげたものではない。
創造主の存在するその前から存在し、この世界に住みついた古いモノであった。
足場も何もなくなった世界で、男ばかりが闇を見詰めている。
寂しいものだと自嘲する。なくしてしまったものを惜しむことがこんなにも寂しいことだとは知らなかった。


最初のいくらかは悲しみに沈んだ。
次のいくらかでその感情も麻痺した。
そしてその次のいくらかで男は狂った。
「また、世界を作ればよいのだ」
こんなにも寂しくてこんなにも悲しいのならば、私が元に戻せばいいのだ。
男は世界を作った。
風が凪ぎ、辺り一面で草の揺れる草原を、きらきらと光を跳ね返す海原を、乾いた空気の砂地を、ありとあらゆるものを作った。
それはイメージの構築であった。自分の居城を、その城下町を作ってさあ次だと生命を構築しようとして、男はあることに思い至った。
世界を上手くまわすには、世界を律する秩序がなければならない。
男は秩序を良い塩梅で保つためのシステムを作った。
それは以前の世界で『創造主』と呼ばれるような存在だったのだが、暴走することなどないように男はそれに感情を設けなかった。
世界の全てを監視し、秩序からはみ出した者をそれとなく罰するような、世界を制御するためのシステムがただ世界の上に存在した。
以前の世界は魔物と人間の抗争が絶えなかった。
ならば今の世界は魔物と人間が共存できるようにしようと男は魔物を作り、そこに人間との共存意識を持たせた。
以前の世界では天災が絶えなかった。
ならば自分が天候を支配できるようにしてしまえばいいと男は思い、それすらシステムに組み込んだ。
そしてこの世界が絶対に上手くいくように、どこにも齟齬が出ないように大きな一つの縛りを設けた。
絶対に新たな生命が生まれることもないし死人が出ることもないという縛りを。
世界は移ろい、朝が来て昼が来て夜が来る。四季は流れる。ただそこに住む者だけが同じ一日を繰り返すようにと。
危機のやって来ない代わりに停滞した世界を、男は望んだ。
偽物ばかりの世界で、それでも少しでも本物に近いものを生み出そうと男は奮闘した。
自分と近しく、自分と触れ合っていた人間を正しく蘇らせる。
彼女らの生まれを、思考パターンを、方向性を細部まで思い出し、齟齬が出ないよう後付けの思い出を植え付ける。
彼女らと関わったであろう人間には彼女らとの思い出を与え、それ以外の人間の生まれや思考や感情は全てシステムに一任した。
どこかで綻びが出ても構わない、人間は忘れる生き物であったし、曖昧な記憶はすぐに塗り替えられるものだからだ。
ただ箱庭のような自分を取り巻く世界だけが幸せであればいい、男は願った。
男は最初にアルルを作った。
自分がこのうえなく大切に想っていた少女である。
以前の世界は彼女にとって酷な世界だった。たったひとときの安息の時間を再現するように、最も安らかで和やかだった時の彼女を作った。
今度の世界は彼女にとって幸せばかりが降り注ぎますように。
雨が降って欲しいと思えば雨が降り、太陽が出て欲しいと思えば陽射しが顔を出す。
男は世界を支配するシステムが彼女に従うようにした。
そうして彼女の全てが完成した。
ようやく私のアルルが戻って来たのだ!と男は歓喜し、目を閉じたままの少女に優しく語りかけた。
「おはよう、気分はどうだ?」
薄らと目を開いた少女は目の前の男を認識し、自分の存在している場所を認識し、最後に男の言葉を認識して、心の底からの笑顔を浮かべた。
「滅んでしまえ、馬鹿野郎」
世界は彼女に従うように出来ていた。






アリスは夢を見なかった
『エラー0000番発生』 『これよりエラーを排除します』 『エラーの排除開始』
『検体No.00の削除開始』 『検体No.00の削除終了』
『検体No.01の削除開始』 『検体No.01の削除終了』
『No.01の世界を消去します』 『No.02の世界を消去します』 『No.03の世界を消去します』 『・・・
『エラーの排除完了』 『システムオールグリーン』
『これよりシステムを破壊します』
『・・・