その少女のことを何と呼ぶかと問われれば、男は真っ先に「化け物のような女」と呼ぶだろう。
数か月に渡る付き合いで確信したことがある。少女は生きることには貪欲だが、それ以外についてはまったくと言っていいほど無欲であった。
生きるため最低限必要な食欲と睡眠欲、それに辛うじて残った知識欲に対しては他者と同じように欲求を簡単に口に出すが、その他のものへの執着が呆れるほど薄いのだ。あの娘は本当に人間か、とシェゾは疑問に思ったこともある。
しかしそれを事実として口に出すと、誰もが口を揃えて「あんたも似たようなものじゃないの」と言う。
確かに、似ている。けれど似ていることと同一であることの間には深い溝があるのだ。同一でない解り合えない差異が、彼女を化け物たらしめている。
「恋する女の子って可愛いよね」
アルルは何かにつけてそう言う。自分のことは蚊帳の外であるかのように。彼女の言葉には自分が恋をする可能性が一片たりとも含まれてはいない。
男は少女が無欲になった理由を考えない。
「恋する女の子って可愛いよね」
今日もアルルはそう言って、そして花を買った。
通りの露天商が大量の花に囲まれて大声を張り上げているのに少し興味を惹かれたように眺めて、それから白い百合の花を少し買った。
「珍しいな」
「そう?そうだね」
疑問をあっさりと肯定するのもこの少女の特性の一つだが、シェゾはそれを好ましいと思ったことはない。
「自分で持てよ」
「はあい」
買い物の物持ちに連れられたシェゾの両手はとっくに塞がっている。
アルルは大人しくパラフィン紙で包まれた百合を抱え持った。
シェゾは少女を愛らしいと思ったことはないし、好ましいと思ったこともない。
あえて抱いた感情に名前を付けるなら、おぞましいが最も適当だ。
相手が望む反応を思い通りに、あるいはほんの少し形を変えてそっくりそのまま返す生き物をおぞましいと呼ばず何と呼ぶのか男は知らない。きもちわるい、よりもおそろしい、よりもおぞましいとシェゾは少女を形容した。
人間の振りをした何か、というのがシェゾのアルルに対する見解であり、感想である。けれどそれが悪い感情なのかと問われると、そうではないらしいとしか答えようがない。
そうでなければこうして一緒にいられるはずがない。彼女の隣にいることが日常になりかけた時に、進んで距離を置いた筈なのだ。
そうでないということは、つまり少女を嫌いではないのだ。しかし彼女を好きでもないことがこの位置を曖昧にしている。
彼女の心臓には何が詰まっているのだろう、とふと考える。
それを理解出来れば彼女をおぞましく感じなくなるような気がしたのだけれど、それはつまるところ彼女と同じような人間以外の何かになるということだ。こんな気味の悪い生き物は一匹で十分だろうと思うので理解することを放棄した。
少女が購入したものは大量の食料と、少量の羊皮紙と、数冊の本と、それから数本の花だった。
アルルは奥からガラスの瓶を持って来た。
青い鉛ガラスは汗をかいて、白いクロスに点々と水の輪を描いた。
「暑い中、お疲れ様」
心にもないことをアルルは言って、透明なグラスにサイダーを注いだ。
一瞬大きく盛り上がった泡は、すぐにしぼんで平らな水面へと変化する。
しょきん、鋏が軽い音をたてた。
百合の首が白いクロスに落ちている。
「形が悪い花は、剪定しなきゃいけないの」
切り花の首をしょきしょき音を立てながら切り落としていく少女の伏せられた睫毛をなんとなしに眺めた。
部屋は明るく白い。けれど陽光が漏れる窓も、暖かい色をした家具も、全て少女が望んだものではないのだろう。
白いクロスに薄いグラスが置かれて、グラスには透明なサイダーが注がれている。
上機嫌な彼女に向けてサイダーがぱちぱちと拍手をした。









サイダーの讃美歌
(なあ、お前は俺をどう思ってる?)
(人間だと思ってる)
(やっぱりな)